第42話 ドラゴン娘、タイマンを張る
「――っ!?」
この感覚……ワフじゃない!?
まさかこいつは――スライム!? スラスラか!
掴んだ手の感触から伝わるのは、冷たくプルプルした物体だった。
神の力で姿を暴こうとすれば、半透明なスラスラだったスライム娘に変わった。
クソッ! 騙された!
こうして影武者を用意するということは、こうなることを予測しているはず。となると時間が無い!
どこだ……どこにいるワフ!?
ああくそっ!
神の力を持ってしても、地球上に気配が感じられない!
どこだッ!!
――――――――空……まさか、宙か?
「クソガアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
月!
月の地表にワフがいる。勝ち誇ったような笑みを浮かべて!
手に持っているルシエール似の人形からはルシエールの力が強く感じられる。まるで見せつけるように、時止めを阻害する力と、世界を加速させる力が!
ここから奴の傍まで行くには時間が足りない。
……限界だ、時が動き出す!
間に合わないことを理解しつつも俺は翼を広げて全力で飛翔する。地球の重力に逆らって大気圏を突破したが、そこがタイムリミットだった。
世界が……一巡する。
世界が創り変えられていく。
マフの望む世界に……――
加速した世界の宇宙が収束を始め、光を失った空間が閉じていく。その中心には神になり始めたワフがいて、ルシエール人形が体内へと入り込んだ。
――……望む世界?
世界が創り変えられる?
――――――――――――――あっ、そっっっかぁ!
この手があった!!
閃いた俺は捕捉しているワフを対象として、神の力を行使した。
一巡している最中の世界の中で、俺の俺による俺だけの特別な空間を作り出して展開し、ワフをその中に閉じ込める。
空間の中はアリーナになっていた。
全周を囲む壁の上には階段状の観客席があり、適当に作った影だけの観客が埋め尽くしている。観客たちは中心にある平たく四角いステージに登場した俺を見て腹の底からの歓声を上げ、手に持っている応援グッズが掲げられた。
「ナニコレ?」
同じくステージに立つワフが困惑している。いい気味だ。
機嫌がいいので説明してやる。
「ここは闘争の神である私――俺が作り出した閉鎖空間だ。指定した対象一人だけを閉じ込め、勝つか負けるかしないと絶対に出られない。また、余計な小細工が出来ないよう、中にいる存在にはスキルとかアビリティやらの能力を制限し、物理的な格闘のみで戦うことを強制される。つまり『タイマン空間』というわけだ」
俺はビシッとワフを指さす。
「さぁワフ、もう逃がさんぞ。タイマンだッ!」
「……あーそう。やればいいんでしょ? ヤれば!」
不意打ち気味に突っ込んで殴り掛かって来るが、遅い。片手で軽く受け止めてやる。
「なっ!?」
「どうして驚く? これは当然の結果だ」
「……」
掴んでいる拳を離し、両手を広げて打ち込んでみろと挑発してやる。ワフが今まで見たこともない鋭い眼差しへと変わり、高速で連続したパンチを繰り出した。
それでも俺に効いていないと判断すると、回転を加えた蹴りを顔面や股間、顎といった急所にやってきた。
まぁ、無駄なんだがな。
服に着いた汚れを落とすようにパッパッと手で払い、言ってやる。
「なぜ、お前の攻撃が効かないか教えてやろう。お前、犬。俺、ドラゴン。オーケー?」
犬っころが最強種たるドラゴンに勝てるわけないだろ。
「……イラつくなぁ」
おうイラつけイラつけ。
こっちはお前に散々イライラさせられたんだからな!
「今度はこっちの番だ。オラァ!」
パンチを一発。両手でガードされたがワフが吹っ飛んでステージ端の見えない壁に当たって止まった。
俺は一歩でワフの前まで瞬時に移動し――
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァッ!!」
今までのストレスをぶちまけるように、怒涛のラッシュを叩き込んだ。
殴るたびにワフの体は潰れていき、顔が変形し、血を噴き出し、千切れ、肉の欠片へと変わっていく。最後に残った大きな肉片に強烈な一撃を叩き込んでラッシュ終了。
残心の為に拳を構えたまま数歩下がって深呼吸。死んだワフの肉片を注視しているとモゾモゾと動き出し、一つ一つが集まって少しずつ大きくなり、やがて人型に変わって元の状態のワフに戻った。おまけで服も復活している。
ワフは慌てて体中をまさぐった。
「い、生きてるっ!? なんで!?」
「そりゃそうだ。このタイマン空間は勝つか負けるかしないと出られない。死は負けではない。そして勝ち負けは、この空間の主である俺が決める。つまり――お前の心が折れるまで、俺はお前を殴るのを止めない」
「ええー!! ……なーんてね♪」
「ああ?」
テヘペロ、と言わんばかりにワフが舌を出して笑った。
「シルドラってほんと、いつも遅いよね。私は幾ら殴られたって心が折れないよ。だって痛覚なんて神様になった時点で遮断してるし、ちょっと暇なだけだもん。それとも、ここで最期の審判が訪れるまで闘争を続けるつもり?」
「……」
「あいたっ! ちょっ、無言で、殴るの、やめて」
ムカついたので何発か殴った。
痛いと言うが、どうせ反射的に言っているだけで、本当に痛がってはいないっぽい。
「で? 結局お前はなにがしたいんだ?」
「みんなに楽しんでもらおうかなって。私はもう死んでもいいと思ってるし」
死んでもいい……は、まぁ俺も以前は似たような状態だったし、理解はする。
けど……
「楽しませる? その為にわざわざ世界を一巡させるのか?」
「それはルシエールの案。私としては適当なダンジョンに潜んで、もっとじっくりゆっくりシルドラと他のモンスター娘の成長を見てみたかったんだけどね。私が神になった方が効率的だって言うから、そうしただけ」
……チエが言うように、ルシエールってクソオブクソだな。
それはそれとして、ワフも大概クソだ。
こういう奴はなにをしても反省なんてしないし……うん、こうしよう。
「ワフ、とりあえず殴るわ」
「えっ」
「嫌になったら言え」
「えっ。ちょっ、マジで言ってるそれ?」
「ああマジだ。さっきも言ったがもう一度言おう。お前の心が折れるまで、殴るのを、止めない」
「ええー……」
宣言通り、俺はワフを殴りまくった。




