第41話 ドラゴン娘、世界を止める
ダンジョンを真っ直ぐ上がって地上へ続く階段に到着。
短い間だったけど、ラッキーちゃんとのやり取りを思い出して少しセンチメンタルな気分になる。
それでも止まらない理由にはならないので、足を動かして階段を上がる。
さよなら、ラッキーちゃん。
心の中で思い出に別れを告げ、地上へ帰還。
息を呑む。
「…………なんだ……これは……!?」
なにがあった?
なにが起こっているんだ?!
目の前の光景に訳が分からず立ち尽くす。
ダンジョン入り口はテレビ局が崩壊して数歩先が崖になっている。それは別にいい。想定していた。
だが、他の景色が見違えていた。
東京の街並みが数十年――いや数百年放置されたように荒廃し、建物はボロボロになって草木が生えている。
ダンジョンも次から次に生えている。
青空に浮かぶ雲は見たこともない速さで動き、太陽が星の軌跡を撮影した時のように、線のように昇ってはすぐに降り始め、空が暗くなり、月や星もまた太陽のように軌跡を描いた。
人の姿は……あった。けど、衣服が風化してみんな全裸で、しかもダンジョンがボコボコ生えて大量のモンスターが闊歩しているせいで死者が多い。
これは……これは……――――そうか、世界が加速しているッ!!
時間を操るスキルを習得した神だからこそ理解できた。これは世界そのものが加速し、世界が終わりに向かっていると!
どうやって?
女神ルシエールだ。同じ神である彼女なら世界の加速なんて造作もない。こんなことをする理由は……世界を完全にダンジョン化し、ワフが支配し、この世界をやり直す為か!?
なんの為に??
――まさか俺か!? 俺を倒す為か!? 世界から排除する為か!?
そんなことの為にこんな馬鹿げたことを……!!
いつからだ……いつから加速している?
……ああくそっ! そうだ、ダンジョンの時間がズレていた! 最初からこうすることを考えていたんだ! 入った直後からルシエールは世界を加速させていた!
――はっ!
つまり、チエ……最初からこうなると分かっていたんだな?
ルシエールが勝利宣言したのは、この為だった!
だが、まだだ……まだ止める手段は残っている。残されている!!
その為の時止め、なのだろう?
「時よ止まれッ!!」
スキル【時止め】を発動し、加速している世界がピタリと止まる。この現象を引き起こしているだろう敵――女神ルシエールの気配を探ろうとすれば至近距離の真上に感じ、ダンジョン入り口から飛んで振り返れば、ルシエールとワフがいた。
ルシエールは止まった世界の中で平然と扇子を扇いでいるが、ワフの方はしっかりと止まっている。
「ルシエール、なぜこんなことをする?」
魔剣をアイテムボックスから出して睨みながら問えば、彼女は扇子を閉じて答えた。
「勿論、物語を続ける為よ」
「世界が終わるのにか?」
「神の力を持ってすれば、世界を一巡させて作り変えることくらい造作もないわ。そのうえで、ワフとあなたで末永く争ってもらう」
「なにが争うだ。ここで終わらせる」
「終わらないわ。マフにはダンジョンの神になって、この世界を長く存続させてもらうもの」
バッ、とルシエールが扇子を勢いよく開いた。
――なにっ!?
スキルの効果を打ち消された。
止めていた時間が動き出し、再び世界の加速が始まった。
同時にルシエールとワフも加速し、神の動体視力でさえ捉えきれないほどの高速で動き、姿を消した。
だが気配はすぐ近く……俺の周囲をぐるぐると回っている。
「やぁシルドラ、遅かったね。既にこの世界はダンジョンで埋め尽くされた。あともう少しで世界は一巡するよ」
「させるかよっ!」
もう一度――【時止め】!
スキルを発動して加速した世界の時間を止める。
けれど、ルシエールは加速した状態で動き続けており、一瞬見えたワフはルシエールの肩に手を置いて神の力を供給され、背中に隠れつつ止まった時間の中でも動けるようにしていた。
「……一巡した世界は、最初からダンジョンが存在するファンタジーな世界だ。君にとっても楽しい世界になると思うんだけどね」
「……」
こいつほんと……いい加減にしろよ!
動きを読んで魔剣を振るうが、空振りに終わる。スキル【悪食】を発動して竜の頭をしたオーラを無数に出して範囲攻撃を仕掛けるが、結果は同じ。
それどころかオーラごと真上から扇子で斬られ、顔から腹部に掛けて長い裂傷を負わされた。
止まった時間が再び動き出す。
「ぐっ」
【時止め】!
【ファイアブレス】!
再度時間を止め、人間を巻き込むことを前提に、地面に向けて強めの炎を吐いて超範囲攻撃を仕掛ける。これで倒せるなんて微塵も思っていない。今の俺ではルシエールを倒すことが不可能だと判断し、奇策を弄することにした。
周囲が炎に包まれる中、神の力で自分の分身を大量に作り出して動き回る二人へ攻撃させる。同時に一部をダンジョンへ向かわせた。
頼む、気付くなよ……。
「無駄よ」
ルシエールが扇子を振って分身を斬り刻みながら炎を晴らした。
既に分身の一部はダンジョン内に侵入して姿は見られていないはずだ。
再び分身を作り出して全員にスキル【竜拳】を発動させ、魔剣をアイテムボックスに仕舞う。大勢で殴り掛かるがそれでも動きは捉えられず、次々と分身が倒される。
アイテムボックスに仕舞った魔剣を分身が出して振るい、その勢いのままアイテムボックスに戻して次の分身が出して振るう、という連携攻撃を高速でやってみてもダメ。
魔剣を持った分身の腕を斬り落とされて連携が途切れた。神の力で引き寄せて自分の手元に戻す。
……止まっていた時間が、また動き出した。
「何度時間を止めても無駄よ。私の方が強いのだから、今のあなただとせいぜい十秒の時止めが限界よ」
「それとシルドラ、体感時間であと十秒したら、世界は一巡するよ」
「……フッ、なら間に合った」
ワフが律義に時間を教えてくれて助かった。
ダンジョンに潜り込んだ分身の俺は一気に駆け抜けてボスを攻略し、幾つもの聖杯を手に入れた。そして俺の指示でたった今、同じ願いをした。
《《猫神チエよ、ルシエールを引き取って》》! と。
今の俺ではルシエールに勝てないのなら、対抗出来る神の力でこの世界から退去させればいい。そういう理屈だ。
「その願いを待っていたよ」
幾つもの聖杯に同時に願ったおかげで、願いの糧としては充分だったらしい。
いつの間にか隣にいたチエが世界の時間をカチリと止め、瞬間移動して動き回るルシエールを手で掴んで止めた。
ワフの動きが止まった。
「ルシエール、帰るよ」
「……はぁ、仕方ないわね」
二人はワフを残して一瞬で消えた。
「さて……捕まえたぞ、ワフ」
近づいた俺は、ワフの手を掴んだ。




