第35話 ドラゴン娘、〇〇を食べる
六階は短いスライムの通路があり、ラッキーちゃんを下ろして魔剣を出して警戒しながら進む。
通路が終わったその先は、スライム状であるのは変わらないが透明度が無く、砂色のコロシアムのような円形状の開けた空間で、真ん中にスラスラだったモンスターが立っていた。
「待っていたよ、お二人さん。ここは見ての通りの場所……コロシアムだ。君たちにはここに用意したモンスターのストックが無くなるまで、戦って生き残ってもらう」
モンスターハウスみたいなものか。逃げ道は……ないか。
振り返ればスライムの通路が消えている。次のフロアへの道も見当たらない。
「ボス部屋で再会することを期待しているよ。……ところで、スライムたちに溶かされて死んだ人間の魂は、どこに行ったと思う?」
そういえばモンスター化した人間を見ていない……まさか!
スラスラだったモンスターは床に沈んで消えた。それと入れ替わるように床の至る所から数十の隆起が始まって柱となり、人型へと変わった。
スライムマン……それがこのモンスターの名前。顔も無い人型の砂色のスライムだ。だが、さっき奴が言ったことが示唆であるならば、こいつらは元人間ということになる。
「外道が……」
絶対ボス部屋に辿り着いてぶっ殺してやる!
でも、その前にラッキーちゃんだけは守りきらないと。
……この数、守りきれるか?
一番近い奴から魔剣で斬って倒していく。が、コアの場所が個体ごとに違うようで、コアを斬れていない。形が崩れたスライムマンの赤いコアが露出したが、すぐに床に沈んで逃げていく。
スキル【テイルスイング】で攻撃しても、コアが体から飛び出るだけで仕留められず逃げられてしまう。【ファイアブレス】で燃やし尽くそうとすれば、射線上のスライムマンは床に同化して隠れた。
くそっ、埒が明かない!
地道に魔剣で斬って、たまたまコアを破壊してしっかりと倒せたのはまだ数体程度。倒しても倒しても復活されてはジリ貧であり、ドラゴン娘と言えど流石に一人では手が足りない。
これ以上は抑えられん。逃げ場は――
「シルドラちゃん、空よ! 空に逃げるの!」
「っ!」
その手があった!
ラッキーちゃんを素早くおぶると、先に跳躍して空中に逃げ、翼をはためかせて高度を維持する。足元ではスライムマンたちが飛び掛かって山のように積み重なっていたが、床に溶けるように消えた。
よし。とりあえずこれで態勢が立て直せ――……おいおい、マジか。
様子を窺っていると、天井から涎のようにとろーんとスライムが無数に垂れ始めていて、人の形になるとプツッと切れて一斉に落下を始めた。
避けられるか……?!
スライムマンの間を縫うように無茶な姿勢になって回避。そしてすぐに元の姿勢に戻って翼を動かし落ちた分の高度を上げ、的を絞らせないようにコロシアム上空を不規則に高速で飛んだ。
これはいつまでも持たないな。飛んでる俺もだが、ラッキーちゃんもずっと掴まっていられない。
なにか手は?
「…………もういいわ、シルドラちゃん」
「ラッキーちゃん?」
「このままじゃあ共倒れよ。でもそれはダメ。あなたは生き残って、戦ってもらう必要があるわ」
「でも……」
「いいのよ。あたしこれでも寺生まれでね、ちょっとだけスピリチュアルな才能があるの。だから分かるの、ここが自分の終着点だって」
「……ほんとに?」
「ええ。でも最期にちょっとだけお話させて」
「……」
「この世界は少し前から、世界に寿命が来て神様がみーんな退去していなくなってるわ。今やっている宗教的な儀式は形式だけの意味のないもので、世界は衰退の一途を辿って滅びる運命だった。けど、あの日、異世界の神様が現れて世界がこんな形で変質して続くことになった。流石に予想外だったわ。あたしの寿命……命運はあの日にはもう尽きていたけど、世界が変わってしまったお陰で、こうして今まで生きていられた。こんなオカマなあたしを受け入れて好きにさせてくれた親には感謝してるし、こうして最期に可愛いドラゴン娘と仲良くなれて、一緒にダンジョンを探索できた。だから……もう、いいわ。充分楽しんだ。そして最期のお願い……」
ラッキーちゃんはそこで言葉を区切り、深くゆっくりと深呼吸して、改めて力強く俺に抱き着いて耳元ではっきりと告げた。
「あたしを食べなさい」
それは――!?
動揺し過ぎて飛行が不安定になったが、なんとか立て直す。
「ラッキーちゃん、それは俺に――私に、人殺しをしろと!?」
「ええそうよ。今回の件で思い知った筈。相手は人の心がない異常者と、それを支援する異世界の神様。正常な心のままではいつか取り返しのつかない選択を迫られて、壊れてしまうわ。だから今ここで私を生きたまま食べて変わるのよ、人からモンスターの精神へ」
「っ……」
無茶を言う……モンスター化した死体を食べるのとはわけが違うぞ。生きた人間を食べるなんて、人間をやめろなんて……。
「さぁ、ひと思いに私に噛みついて食べなさい! オカマのおっさんだからって忌避感を持つ必要はないわ。あたしは酒も煙草も薬物もやっていない健康体よ!」
そこじゃねぇよ。
「ほら早く! いつまでも回避し続けることなんて不可能なんだから!」
……くそ。くそっくそっくそっ!
それしか無いのか!?
それしか方法は無いのか本当にっ!?
このまま二人で生きてダンジョンを攻略する方法……!
………………思いつかない。
「うっ」
「ラッキーちゃん!?」
「……ふふ、ちょっとスライムに、背中を溶かされただけだから大丈夫よ」
背中を――なっ!?
天井から落下してくるスライムマンたちが、手の先端を撃ち出すように分離させて飛ばし始めた。それによって回避が難しくなり、無傷での回避を続けられるのも秒読みになった。
「時間が無いわ。あたしを食べなさい。そうすればあたしはダンジョンに囚われることなく、人として死ぬことができる」
「でも……」
「これは救済よ。日本人なら理解してるでしょ? 『いただきます』と同じだから」
「……」
でも、でもでもでもでも……………………仕方ない、か――
「――いただきます」
「ええ、いただいて」
空中でラッキーちゃんを動かし、俺はラッキーちゃんの首筋に思いっきり噛みついた。




