第28話 ドラゴン娘、目的ができる
時が巻き戻り、俺と女神ルシエールの間に猫神である猫社チエが立ち、閉じた扇子を片手で掴んで明らかに次の行動を止めていた。
「いやぁーほんと念の為に救済措置を仕込んでおいて良かったよ。まさかクソ女神がこの世界に永続的に降臨するなんてね」
「そういうクソ猫だって、神のルールの抜け穴を突くのはいただけないわ」
「ハッハッハ……私はチェシャ猫だよ? 語り部でありトリックスターだからいいんだよ」
「それなら私もよ」
両者が不敵な笑みを浮かべて動かない。声を掛けたが最後、巻き込まれてまた殺されるんじゃないかと思うと割り込めない。
と思ったらワフがひょこっと横に移動し、口を開いた。
「あのー、痴話喧嘩は他所でやってくれません? 私はシルドラに用があるので」
「……」
「……」
お前凄いな、この状況を痴話喧嘩て……。
物怖じせずに言われた二人は顔を見合わせ、とりあえず争わないという点で思惑が一致したのか、チエが扇子から手を離し、お互いに一歩離れた。
「ありがと神様。で、シルドラ……改めて言うけど、遅かったじゃないですか。ここのボス『ドラゴンゾンビ』を一人で倒しちゃいましたよ」
「ドラゴンゾンビ!? いや待て……ワフ、お前のレベルは幾つだ?」
「あれ? 言ってませんでしたっけ? 今のレベルは42ですよ。あと種族の申告も嘘で、ワードッグじゃなくて『ゴールデンワードッグ』っていう、特殊な進化をしてます」
42!? しかも特殊な進化だと!?
そういえば、紹介された時に新人とは一言も言ってなかったな。つまりなんだ? こいつ、もしかして今まで騙す為に演技していたのか?
……いや、それはないな。これが素っぽいし。
「ワフ、お前の目的はなんなんだ?」
「特に無かったんですけど、女神ルシエールに直接会って、遊びを提供する側に回るのもアリだなって思ったんですよ。だから女神様にお願いして『ダンジョンマスター』になりました!」
ダンジョンマスター!?
「……そう」
お前は、世界を守るのではなく、敵になるんだな?
なら……殺さなきゃ。いずれ……。
けど今は無理だ。神様同士が戦えば巻き添えで死にかねないし、もし本当にダンジョンマスターになったのなら、既に俺の知っているワフではない。どんな手段を使ってくるか分からない以上、未知の能力とレベル差を考慮すると戦えない。
「うん、だからこれからは敵になる。けど、とても短い時間だったけど、一緒に行動できて良かった。楽しかったよ」
「私は楽しくなかった」
「……そっか」
これ以上話すことはない。そう思うような気まずい沈黙が流れたところで女神ルシエールがワフを庇うように動くと、チエも俺を庇うように動いた。
「では、私たちは新たなダンジョン作成の為にここらでお暇するわ」
「ああ、どっかいっちまえ」
シッシッ、とチエが手で払う。
「あっ、女神様。最後にスラスラっていうスライム娘、実験の為に拉致したいんだけどいい?」
「いいわよ」
よくねぇよ!
物騒なことを言ったワフを殴りたくても殴れず、奥歯を噛んで拳を力強く握りしめて耐える。今動けば間違いなく殺されるから。スラスラさんを助けに行こうにも、恐らく間に合わない。
案の定、女神ルシエールとワフは目の前からフッと消えた。
「……くそっ」
なんて報告すればいいんだ、こんなの……。
ふぅ、と息を吐いたチエが振り返った。
「とりあえず、君を助けられて良かったよ。スラスラとかいうスライム娘は気の毒だけどね」
「……」
「まぁそう落ち込むことはない。女神ルシエールはクソオブクソなやつだけど、決して世界を滅ぼすようなことはしない。あいつは永遠に続く物語を求めてるから、攻略不可能なダンジョンとかは作らせないし、もしワフとかいうのが作ろうものなら、こっちに肩入れしてくれる。それに、君というこの物語の主人公を生存させることができた。まだこの世界を救ってハッピーエンドで終わらせるチャンスは残ってる」
「……ほんとに? 大陸方面、ダンジョンだらけですけど」
「あはは……でも君を含めたモンスター娘たちがちゃんと成長すれば、いつかはハッピーエンドを迎えられる。必ずね」
必ず……信じても、いいんだよな?
信じようとしたところで、チエの体が透け始めた。
「おっと、役目を終えたから降臨していられるのもここまでみたいだ。お別れの前に改めて助言をしておくよ。『なんでも食え』。前にも言ったと思うけど、結局それが君の目的にかなう」
「なんでも?」
「なんでも」
「それはダンジョンでも?」
「……」
答えないか。けど笑って沈黙するってことは、肯定と捉えていい。
……なるほど、理解した。
ワフがダンジョンマスターなら、俺はダンジョンイーターを目指せばいいんだ。
「じゃ、私は進化の先で待っているよ」
チエはそう言って姿を消した。一人残されたボス部屋はしんと静まり返り、敗北の余韻と新たな始まりを感じさせてくれる。
弾き飛ばされた魔剣を拾ってアイテムボックスに仕舞い、ボス部屋のドアを開けようとすると、普通に開いた。階段もそのままで休憩室へ戻れば、待機している筈のスラスラさんはいなかった。
「……ごめん」
小さく謝り、いつの間にかドアノブが付いている上の階へのドアを開け、俺は地上への帰還を目指した。カエラズの道は全てのフロアがただの一本道になっていて、モンスターも全て消えていて、何事も無く地上へ出た。
ダンジョンが地中へ沈んで消えていくのを見届けた俺は、スマホを取り出して佐藤さんに電話を掛けた。三コールで出た。
「佐藤さん、ダンジョン攻略が終わりました。それと重要な報告があります。今から会えますか?」




