第27話 ドラゴン娘、やられる
ドアを抜けた先は、現代の地下通路みたいな灰色の壁の螺旋階段だった。一歩下りる度にカツンカツンと音が響き、これから決戦という気分にさせてくれる。
足早に階段を下りきると数歩先にでかい両開きのドアがあった。
ワフ、生きてるよな?
戦闘準備として魔剣ペインソードを出してからドアを開ける。
――あれ?
中はドーム状の巨大な洞穴だったが、ボスらしきモンスターが見当たらない。ドロップアイテムも見当たらず、中央付近にいるワフが聖杯を拾い上げたところだった。
ワフが俺に気付くと、それなりに距離がある中で声を上げた。
「遅かったじゃないですか! もう終わりましたよ!」
見りゃ分かる。――ん? おいちょっと待て。聖杯を掲げてなにをするつもりだ? なにを願うつもりだ!?
ワフは聖杯を掲げてなにかを願った。流石に距離があり過ぎて聞き取れない。
翼を使って加速しつつ全力で走って近づくが……遅かった。聖杯が光り輝いて粒子になって消えるのを見た。
それとほぼ同時に、ワフと俺の間に割って入るように黒いドレスを着た一人の女性がパッと現れ、急ブレーキを掛けて止まる。
「お前は――!」
「ウフフ、こうして現実で会うのは初めてね。ペンシルドラゴン」
「……女神ルシエール」
顔を見た瞬間に思い出した。夢で会った、絶対にろくでもないことを考えている女神だ。
「なぜ、お前がここに?」
「勿論、召喚されたからよ。ワフに」
「なぜワフが……?」
「あなたもそうだけど、見込みがあったから声を掛けていたの。まさかパーティーを組んで一緒のダンジョンを攻略するとは思わなかったけど、運命は彼女を選んだみたいね」
「なんの見込みがあって声を掛けた?」
「選ばれなかったあなたに語る言葉は無いわ。今から彼女に報酬の願いを叶えるから、部外者は離れなさい」
女神ルシエールが真っ黒な扇子を手の中に瞬時に出すと、バッと開いて俺に向けて力強く扇いだ。
「っ!?」
ただそれだけで突風が巻き起こり、体が宙に浮いて姿勢制御もできずに数十メートル吹っ飛ばされて地面に倒れた。顔を上げれば女神がワフの傍に立っていて、ワフがなにかを言っていた。
ワフ……お前はその怪しい女神に、なにを願うつもりだ?
立ち上がり、翼をはためかせて飛んで接近して上段の構えで急降下。狙いはなにをしようとしているのか分からない女神ルシエール。
落下速度を加えた振り下ろしで女神ルシエールの頭をかち割ろうとしたが、視線すら向けずに持ち上げた扇子一本で軽々と受け止められ、振り払われ、後退させられた。
数メートル離れた位置で着地したところで、女神がこっちに向いた。
「会話中に攻撃するなんて無粋ね。恐れることなく神に挑む点は評価するけど……それは蛮勇というものよ」
来るかっ!
女神ルシエールの目つきが変わり、威圧するように体から神々しいオーラが溢れ出した。扇子がこちらに向けられ、軽く振られる――その前に横に回避行動を取れば、真横を新幹線が通ったかのような風が感じられ、後方で爆発が起きたかのような音が響いた。
振り返れば洞穴の壁の大部分が圧縮されたかのように大きく凹み、大量の亀裂を作っていた。
……ちょっとで、これか。勝てる気がしないが、やるしかない!
前を向き、女神ルシエールの扇子の動きを見て不可視の攻撃を逃げるように回避し続け様子を窺う。
何度も避けているうちに砂埃が舞い始め、視界が悪くなった。
手を抜かれてるのは百も承知!
視界が悪くなっても意味が無いのも分かってる!
でも、それでも、一撃を入れる!!
わざとか分からないが、女神ルシエールが俺を見失って隙を見せた。その一瞬を逃さずに接近して魔剣を振るうが、扇子が振られて魔剣が弾き飛ばされた。
――まだだっ!
逃げずに一歩踏み込み、手を握りしめて拳を作る。
【竜拳】!
ドラゴンの力をオーラとして纏った右ストレートを女神の顔面に向かってぶちかます。手応えが無い。頭部が霞になっている。連続して体にも拳を叩き込むが全て霞になってダメージを与えられない。
……【フィアブレス】!
大きく息を吸ってから全力で火を吐いてみる。数秒吐いて止めてみれば、女神は涼し気に扇子をパタパタと扇いでいて、傍にいたワフも全くの無傷だった。
やはり、駄目か……。
「モンスター娘としての強さなら充分ね。けれど神に挑むには早すぎる。そして、ワフにとってあなたは近い将来、必ず脅威となる。それは面白くない。だからそんな脅威は、この手で摘み取らないと」
パシッ、と扇子が勢いよく閉じられる。
――えっ。
瞬きすらしていない刹那の時間で、俺はいつの間にか体をバラバラに斬り刻まれたうえに吹き飛ばされていた。視界が目まぐるしく変わり、地面を転がり、意識が薄れゆく中で二人の姿がたまたま見えた。
……あっけない。
まぁ、神に挑めば普通はこうなるか……。
諦めの境地で目を閉じる。ドラゴン娘だからこそ首だけになっても僅かな時間を生きているが、流石にここから再生できるほどまだ強くはない。神様たちの言う通り、挑むにはまだ早すぎた。妥当な結末というやつだ。
「神である私が宣告する、ここで死ぬ運命ではないと……」
猫社チエの声が聞こえたと思ったら、時が――――巻き戻った。




