第26話 ドラゴン娘、キレる
「なんだここ……」
七階に降りたそこは、数メートル先を見るのがやっとな濃霧に包まれていて、目の前には木の看板が一つ、足元は川辺のように石ころだらけで、血のように真っ赤な彼岸花が石の間から咲き乱れていた。
後ろを向けば既に出入り口は跡形もなく消失していて、戻る道はない。
仕方ないので読めと言わんばかりに設置されている看板に近づいて読んでみる。
『正しき道を歩み続けよ』
『正しき道は険しき道』
『険しき道は魔物道』
『汝は魔物なり』
「うげぇ、こういう謎々は苦手なんだよな」
看板を引っこ抜いておやつ代わりにかじりながら、とりあえず適当に歩いてみる。
「……やっぱり戻ってきた」
霧でなにも見えなくなって十秒くらいで、手に持っている看板と同じ物を発見。近づけば一字一句同じ看板で、さっき引き抜いた地面の位置と寸分違わない。
「正しき道……ねぇ」
正しき道そのものが分からないので、適当に方向を変えて歩いてみる。
ん? これは……賽の河原?
霧の中で見えてきたのは小石が積まれた小さな塔。死んだ子供が行う石積みだ。
雑然とだが道のように左右に並んでいる。進めば進むほど塔の数は多くなり、また徐々に少なくなって完全に見えなくなると看板に戻ってきた。
「……今のが道? でいいのか?」
もう一度同じ方向に向かって歩いてみると、また石積みされた道に辿り着き、歩き続けると看板の前に戻ってきた。
もう一度看板を見てみる。
『正しき道を歩み続けよ』
『正しき道は険しき道』
『険しき道は魔物道』
『汝は魔物なり』
……正しき道は険しき道……険しき道は魔物道……汝は魔物……。
「つまり、自分は魔物なのだからさっきの道を荒らして険しい道に変えろってことか? でも荒れた道と険しい道は意味が少し違うような……?」
まぁ、とりあえず試してみるか。
やり直し前提で石積みされた道に移動し、片っ端から蹴り倒していく。神社仏閣を信仰する日本人としては罰当たりな行為だと思うし、罪悪感を抱いてしまう。おまけにそこら中から子供のぎゃんぎゃん泣く声が聞こえだして、正直、精神的にかなりキツイ。
全ての積まれた石を倒して進めば、泣き声はそのままにまた看板の前に戻った。
「間違えた?」
看板を確認しても文字は変わっていない。もう一度石積みされた道へ行ってみると、変化が起こっていた。
「うわぁ」
恐らく子供の霊だろう『ゴーストチルド』という名の小さなゴーストが、泣きながら崩れた石を再び積んでいた。
そしてどういうことか理解した。
ここには積まれた石を定期的に倒す鬼はいない。だから石積みを終えた子供の霊は救われる筈。だがしかし、ここは『カエラズの道』というダンジョンであり、還る場所なんて最初から無い。つまり、塔を完成させても意味がない。
で、モンスター娘を魔物とするなら、この憐れなる子供たちを全部倒せということだ。そうすればここは魔物が通った道――正しい道となる。
こんな胸くそ悪いフロアなんて潰れちまえ!
例えダンジョンが作った偽物だったとしてもっ!!
胸の内から怒りが湧いた俺は大きく息を吸った。度重なるスキルの使用で疲労も溜まり始めているが、それでもここだけは本気で消し去るべきだと思った。
【ファイアブレス】!
怒りの感情がスキルに作用したのか口から出した火が通常より赤く、今までにない勢いと範囲になっていた。
火が彼岸花を一瞬にして灰に変え、石の塔を崩しながら地面ごと溶かし、ゴーストチルドは消滅。体と首を動かして全周を焼き払えば霧は晴れ、フロア全体が文字通りの地獄に変貌した。
これが正解であるのか、目の前の地面が動いて下りの階段が現れ、横の地面に『8』の文字が刻まれた。
「次も似たようなフロアだったら焼き払ってやる」
まだ怒りが収まらない中、階段を下りた。
「ん?」
階段を下りた先には、今までのフロアとは毛色が違う両開きのドアが設置されていた。シンプルながらも高級感のあるデザインで、目線の高さに貼り付けられているネームプレートには『8階 休憩フロア』と書かれていた。
……そういえば、ダンジョン系のゲームだと、フロアが多い場合とかボス直前とかに休憩用の階層が用意されていたな。
毒気を抜かれたように怒りが収まった俺は、ドアノブを回して中へ入った。
「やぁ、お疲れさん。君がシルドラだね?」
「えっ、ああ、はい」
恐らくスラスラさんだろう、中央にあるテーブルセットの椅子に座って寛いでいる青色のスライム娘に声を掛けられた。
ちょっと透けているがちゃんと人型で、髪は長髪のロングストレート、美人な顔の輪郭がはっきりとしている。衣服を着ていないから全裸であり、長身で女性らしいドエロい体型が丸分かり。心臓に当たる場所にはソフトボールくらいの大きさの真っ赤な丸いコアらしきものがある。
「えっと、スラスラさんですよね? どうして私の名前を?」
「少し前にワフというイヌ娘がここに来て、救助に来たことを知らせてくれた。その時に君のことも話してくれたよ」
「……そのワフはどこに?」
部屋を見渡す。
スラスラさんが寛ぐテーブルセットは、シンプルなデザインで椅子は四つ。
寝心地が良さそうなベッドが一つ。
水飲み場だろう、壁に設置された洗面台みたいな小さな噴水が一つ。
すりガラスみたいな壁で仕切られたドア付きのトイレが一つ。
あとは背後にあるドアノブが付いていないドアと、向かい側に『9』と書かれたドアがあるだけ。
隠れられそうな場所は無い。
「彼女なら先に進んだよ」
「……なんで??」
ここで待てよ、おい。
「伝言を預かってる。『無傷でここまで来たんで、この先のボス、別に倒してしまっても構いませんよね?』と」
「……」
くそっ! ちょっと前に同じムーブしてたから強く言えねぇ!
「伝言ありがとう。ちょっと手伝いにいってきます」
「いってらっしゃい。ぼくはここで待たせてもらうよ」
「一応聞きますけど、一緒に来たりは?」
「しないよ。今のぼくでは足手まといになる」
もし俺たちがボスにやられたら……いや、スライムだから水さえあれば生存自体は可能か? まぁいいや。
「……いってきます」
ボス部屋に続くだろう『9』のドアを開けて休憩室を出た。




