第96話 王の葬列
——国中に黒い旗が上がった。
王都を彩っていた青旗は降ろされ、代わりに黒が翻った。
貴族も民草も、国中が静まり返って喪に服している。
その日ばかりは風聞紙も沈黙を貫いていた。
王の棺を乗せた馬車は長い列を成し、王都をゆっくりと進んだ。
市街には民のすすり泣きの声がまばらに響いた。
棺が土に埋もれていく様を、誰もが無言で見やっていた。
王子は終始俯き、王女はまっすぐ前を見ていた。
残された御子二人を見て、貴族らは互いに視線を交わした。
棺が完全に土に隠れた後も、宰相は青空にたなびく黒い旗を見上げたまま、いつまでもその場を動かなかった。
埋葬を終え、王族らは馬車へと足を向けた。
拳を握り、唇を噛み締める王子。その足元は定まっていなかった。
馬車へ向かう道中、先行く王女が何度も王子を振り返った。
俯く王子はそれに気づかない。
足取りのおぼつかない王子を侍女がそっと導いた。
それを背後で眺めていたゼトが何度か王子に駆け寄ろうとしたが、その度に騎士団長が腕を引っ張った。
ゼトが騎士団長を不満げに見上げると、騎士団長はその頭を軽く撫でてこう言った。
「今は行くな」
馬車には王子と王女、二人きりだ。
王子は黙り込み、王女は常通り落ち着いていた。
馬の蹄の音だけが響く、静かな空間であった。
王女は窓辺に頭を預け、王子を見ていた。
今はその濡羽色の髪が、顔を隠している。
王子の膝にひとつ、雫が落ちたのを王女は見た。
「……心配しないでくれって、言えばよかったかな」
「俺もシエルも大丈夫だよとか……」
「もっと気の利いたこと……」
王子は目元を拭った。
だが涙は次々と膝に落ちていく。何度拭っても止まらなかった。
王子は諦めたように膝を抱え、顔を埋めた。
「…………」
王女が、それをずっと眺めていた。
ひとつ深く頷いた王女が、おもむろに席を立つ。
「よいしょ、と」
王子の隣に腰を下ろした王女が、何も言わず両手を広げた。
不思議に思った王子が顔を上げると、紫の瞳が王子をまっすぐ見つめていた。
「おいで」
王子が紅玉の瞳を丸くした。
「え……な、なんだよ」
「おいでって」
「なんのつもり……」
身を引いた王子に、焦れた王女が王子の頭を両手で掴んだ。
そしてぎゅうと抱きしめ、王子の黒髪が王女の手の中で揺れた。
「いい子、いい子」
「……こうすると落ち着くよ」
王女の腕の中は、どこか甘い香りがした。
王子の頭を撫でる小さな手は、ぎこちない。
「……お兄様は素敵なお兄さんですからね」
誰の真似事だ。
考えなくてもわかる。
王子が思わず吹き出すと、そこから涙が止まらなくなった。
次第に嗚咽が漏れて、王子はしゃくりあげた。
「えっなんでまた泣く?」
おかしい、おかしいよ。
そうつぶやきながら戸惑う王女が、しきりに王子の頭を撫でた。
力加減もわからぬ王女。見様見真似の不器用な慰めだった。
王子は王女の肩に頭を預けながら、王女のワンピースが王子の涙で濡れゆくのをただ見ていた。
涙は枯れぬ。
幾日も泣いたというのに。
長い沈黙の末、王子がぽつりと零した。
「……俺は、王になりたくない」
「……俺が王にならないならさ、父上はずっと元気でいてくれたのかも……」
そうではない。王子にも分かっている。
だが思わずにはいられなかった。
王子が王の居場所を奪ったのではないか。
——俺は王太子だ。
言い続けてきたそれは、王になる覚悟ではない。
王の子である自負だった。
頭を撫でる手が止まった。
しばらくすると、それが背中に移り、今度はゆっくりと撫で上げ始めた。
背をなぞる手は、小さくも温かい。
王子の呼吸が次第に落ち着き始めた。
「……嫌ならやらなければいいんだよ」
「なんとかなるよ」
無責任な言葉だ。
だが今はそれに、王子は安堵していた。
王女の肩に身を委ねると、王子は目を閉じた。
王女にもたれたまま眠りについた王子は、いつしか体勢を崩し——気づけば王子は王女の膝に頭を預けていた。
馬車に揺られながら、王子は夢を見た。
——夢の中では精悍な父と、美しい母が笑っていた。




