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第94話 王女殿下と公爵

本話は前話「告白」と合わせて同日公開となります。


 近頃、城の内外ではある噂で持ち切りであった。

 

 今日も侍女たちは語る。


 ——王女と公爵が変わった、と。


「ごきげんよう、王女殿下」

「……ごきげんよう、公爵」


 まず、互いの呼び掛けが変わった。


 王女が前を行き、公爵が一歩後ろをついて歩いた。

 王女が後ろを振り返ることはない。

 それも変化のひとつであった。


 城で公爵を見かけると、王子は挨拶代わりに公爵の腕を殴った。

 それは一度や二度ではなかった。

 

 公爵と会った日、まぶたを腫らして回廊を歩く王女の姿は、多くの者に目撃されていた。

 

 王女は何も語らない。

 公爵などなおさらだった。

 

 だが勘づく者は、少なくなかった。


 下世話な記者たちはそれを嬉々として王都中に流した。

 

 ——蜜月の終わり。

 

 ——紫色の花は散る。

 ——南の公爵、ついに王女の寵愛を失う。


 王都のみならず、その周辺の領地まで風聞紙は流れ、噂は長く続いたという。


 侍女長の報告に、宰相は深く息を吐いた。

 その手には風聞紙。

 ——近づきすぎたのだ。だが、これで少しは落ち着ける。

 ちょうど執務室を訪ねていた騎士団長は、思案するように目を伏せていた。


 けれど公爵の定期訪問は変わらず行われ、そのたび茶会は開かれた。


 公爵の話に耳を傾け、笑う王女の姿はいつもどおりに見えた。

 王女の話に耳を傾ける公爵も、変わらぬ笑みを浮かべていた。


 ある侍女は言った。

 ——少しだけ、変わる必要があっただけでしょう、と。


 

 あれ以来、王女は見違えるように変わった。

 座学に熱心なのは常のこと。

 奉仕活動にも積極的に参加し、嫌がっていた交流会にも、大人しく臨むようになった。

 

 相手を見て的確に言葉を選ぶ王女の落ち着いた話ぶりは、同年代の子女だけでなく、見守る大人たちをも唸らせたという。


 諸侯の一人は意味ありげに笑った。

 ——建国の主は、女王であったな、と。


 

 今、王女の身は木漏れ日の差す王宮の図書室にあった。

 王女は、一通の手紙をしたためていた。


 王女の走らせるペンの音だけが響く室内で、不意に小さな声が漏れた。


「……待っててね、ルシ」

「大事にしてるから」


 ——素敵なお姉さんになれたら、もう一度。

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