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第84話 処刑

「説明してもらおうか、アイゼングラード公」


 王子の視界が開けた時、ことはすでに終わっていた。

 北方公の後ろに人の姿はなく、何かを隠すように布が被せられていた。

 布の脇には、隠しきれぬ血溜まりが広がっていた。


 北方公の長剣に塗られた赤が、全てを物語る。


「我が屋敷から家宝の印章が消えてな」

「それとともに使用人が複数人消えていた」


「特徴の似た者共が南へ下ったという情報を聞きつけてな」

「南方領まで足を運んだ」

 

「……そして見つけた」

 

 北方公が長剣の赤を布で拭い、布の掛けられたそれを剣先で軽く叩いた。


 ——家宝を盗んだ使用人を処しに来た。

 彼がローデンバルド領に突如現れたのはこのためか。


 しかし。

 王子は目を閉じた。

 賊にしては端正な顔立ち、肉の付いていない身体。怯えた眼差し。

 

「殺す必要は、あったのか」


 しばしの間があり、北方公が王子に振り向いた。

 

「今なんと?」


 王子は布で覆われた死体から灰の目へ視線を移した。

 灰の目も、また王子を凝視していた。

 王子を見下ろす視線は、いつも冷たく凍っているが、今はそこに嘲笑が滲んでいた。


「……武力を持たぬ相手を、このように殺す必要はあったのか」


 ポツリとつぶやかれた王子の言葉に、間髪容れず北方公は吐き捨てた。

 

「戯けたことを」


 王子の姿を北方公の影が覆う。

 剥き出しの長剣が、光を浴びて煌めいていた。


「……ではどうするべきだったか、問おうか?」

 灰の目が王子を射抜く。

 王子の喉が詰まった。

 

「それは、あの使用人のような華奢なヤツなら……」

 王子の視線が彷徨う。

 助けを求めるように背後の騎士団長を見やったが、騎士団長は何も答えてはくれない。

「……抵抗もしてないヤツを剣で制圧しなくてもやりようは……」


 北方公が焦れたように長剣で地面を擦り、王子はその先の言葉を失った。

 

「武力を持たぬ相手とな……?」

 

「……決闘だなんだと、剣を持たぬ相手に勝負を挑んだ王太子がいたらしいが」

「…………誰の行いだったのだろうな」


 降りてきた言葉に王子は目を伏せた。

 王子の脳裏に、あのいけ好かない細腕の姿が過ぎる。


 ——あなたは王女殿下を守れる力を私に見せろとおっしゃった。

 ——ならば私なりの方法で、あなたにそれをお見せします。


 今更。その言葉がよぎった。

 アイツを試すと言ったのは俺じゃないか。

 

 ——そのアイツに俺は。

 なんと答えただろうか。

 

「……王太子殿下、あなたはお父君に身も心も似ておられる」


 慇懃な北方公の言葉。

 それが指すものが賛辞ではないことは、王子にも理解できた。



 朝方に出立したというのに。

 戻ってきた頃にはもう夕刻であった。

 

 帰りの間、騎士団長は何も言わなかった。

 だから、王子も言葉を発することはなかった。

 

 公爵邸の前には予想した姿が待ち構えていた。


 腕を組む公爵と、当然のように公爵に引っ付いている王女。

 そして仁王立ちになって待つ、ゼト。

 

 馬の蹄の音が彼らの手前で止まり、王子は渋々降り立った。

 騎士団長が真っ先に公爵のもとへ向かう。

「申し訳ありません、公爵閣下」

「……北方公はどうされましたか」

「目的は果たしたと言って……帰還されました」

「そう……」

 口数少ない公爵。チラリと王子を見やって一言だけ告げた。


「……長旅お疲れ様でした。屋敷の中にお入りください」


 王子にかけられた言葉は、それだけだった。

 そして興味を失ったように公爵の視線は騎士団長へと行った。

 

 代わりに王子に近づいたのはゼトだ。


「長旅お疲れ様でしたぁ」

「………………」


 王子の両手が握られた。

「冷て」

 王子と同じような小さな手が、擦るように指先をもみ込む。

 指先が強張っていたことに、今更気づく。

 

「まったく、俺を置いて突っ走るなよ」

「……お前寝てたから」


 ゼトの言葉に、王子はようやっと口を開いた。

 

「……親父は馬の扱いが荒いからなあ……尻が痛いだろ」

「……ああ、痛かったぞ」


 そうする内に、王女がやってきて王子の顔を覗き込んだ。

「……どこに行ってきたの?」

「……お前の知らない所」

 たちまち王女の片頬が膨れ、彼女が顔をそむけた。

「勝手に出かけちゃダメなんだよ」

「知ってるよ」

 

 ——行ってよかったかどうかは、未だ分からないが。


 王子がゼトの手をすり抜け、亜麻色に近づいた。

 騎士団長と言葉を交わす横顔は、いつもより険しい。

 

「……公爵」

 笑顔の消えた公爵。その藍玉に見下される。

 苛烈な視線の北方公とは打って変わり、なんの感情も籠もらぬ瞳であった。


「……悪かった」


 何に対して謝っているのか。

 王子ですら、分からなかった。

 

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