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第82話 奢ってくれよ

「挑発的で胡散臭い南の公爵!」

「王子を王子とも思わん尊大な北の公爵!」


「どうなってんだウチの貴族はぁ!」


 王子の叫びが露店通りに響き渡った。幸い周囲に人影はなかった。

 北方公が酒場の席を立った後、固まった王子を騎士団長が担いで表まで連れてきたのだ。

 そしてはじまった王子の癇癪にゼトが耳を覆った。


「お前……最初北方公にその自由さがいいって言ってたじゃん」

「限度がある!」

 吐き捨てた言葉とともに、王子が石畳を靴裏で二度叩いた。

 黙っていた騎士団長が口を開いた。

「駆け引きなど出来ぬのですから物事を荒立てるようなことは言わねばいいのに」

「俺が悪いっていうのか」

「ええ」

 矛先は騎士団長に向かった。

 路傍の石を蹴る王子。蹴った石が何度か石畳を跳ねて何処かへ飛んでいった。

 

「……幸いというかなんというか?」

「殿下の悪童っぷりは有名ですから、アイゼングラード公もそう気に留めてはおられぬでしょう」


「何が悪童だ。コケにしてくれる奴らばかりだ」

 文句をいい連ねる王子に、耐えきれなくなったのはゼトであった。


「……なあ」


 同時にゼトの腹がグゥと鳴り、王子の愚痴が止まった。

 ふと、近くの店舗に飾られた時計を見ると正午を過ぎていた。


 王子の眉間のしわが緩み、自身の腹を抑えた。

 

「……昼にするか」

 露店街に目をやると、香辛料の香りが王子の鼻をくすぐった。

 どうしてなのか、先程までは気づかなかった。


 野太い声が聞こえてくる。

 

「港サンド三つくれ!」

 

 港の男たちに賑わう露店が直ぐ傍にあった。

 香辛料の香りは、そこから流れてきていた。


 王子の足は自然と露店へ向かい、気づけばゼトも隣を歩いていた。

 王子の姿を認めた店主が手を降って王子を迎えた。


「……王子殿下ですか!? 今日いらっしゃるって聞いてたんですよ」

 威勢の良い店主であった。

 店主は手にしたパンへ野菜と鉄板で焼いた白身魚を挟み、最後に赤いソースをたっぷりとかけて袋へ包んだ。

 香りが辺りに広がり、王子が唾を飲み込んだ。

 

「ウチの食い物は評判ですよ」

「何せ公爵閣下も召し上がった品だ」

「…………公爵が?」

 王子は耳を疑った。隣りにいたゼトと顔を見合わせる。

 後ろを振り返ると、騎士団長もまた信じられないように眉をひそめていた。

「……ええ数年前でしたがね、可愛らしいお嬢ちゃんを連れて買っていってくださったんです」

「…………」

 王子の脳裏に見知った姿が思い浮かんだ。

「もしや、白い頭の子供か?」

「そう、よくお分かりですね」


「……この店だったかゼト」

「……まさかホントだったとはな」


「……店主、その子は俺の妹だ」

「えっもしや……王女殿下」


「そう、奇遇だな。王女は気に入っていたぞ、この店の味を」

 王子が笑った。

 なんだアイツ。お高く止まった顔をして。

 食うのかこれを。港の飯を。

 笑い出した王子を見て、店主がキョトンと目を丸くするが、王子は構わずひとしきり笑い続けた。


「……なあエリオス、これ食おうぜ、美味そうだ」

「親父も食いたいよなぁ」

「……まず殿下のご意向を伺え」


「……ああいいぞ、三つもらおう」

「店主、王子と王女お墨付きの店だと触れ回るといい」

 王子の了承を得ると、ゼトが大きく頷いて片手を差し出した。

 

「奢ってくれよエリオス」

 

「あ?」

「……銅貨九枚だ、くれ」

「は?」

 ゼトが王子に小袋を突き出した。

 そして袋の口を大きく開いて王子に見せた。

「……望遠鏡買ったからすっからかんだ」


「……奢ってくれ、エリオス」

 

 もう一度念を押すように繰り返した。

 ゼトのおねだりは力強い響きとなってあたりに響き、騎士団長は大きな手のひらで両目を覆った。



 夕刻、噴水前に三人が姿を現した時、王女もすでにそこにいた。

 何やら戦利品を両腕に抱えている。


「……お兄様遅いよぉ」

「ちょっと社会勉強で色々回ったものでな」

 得意げに口角を上げた王子の口端は、ソースで赤く染まっている。

 

「……楽しんでこられましたか?」

「まあ、そこそこに」


「お前からの挑戦状も、俺には簡単すぎたようだ」

「公爵ほどの男なら、もっと歯ごたえのある問いを寄越すと思ったんだがな」

 

 王子が口を開く度、後ろに控えていた騎士団長とゼトの顔がどんどん伏せられていく。


「……殿下のお答えを、伺ってもいいでしょうか」


 王子が鼻を鳴らした。


「金は力だ、公爵」


 ふんぞり返った王子に、騎士団長とゼトがついに両手で顔を覆った。

「富を持つ者が世を制する、お前らしい考えじゃないか」


 しばし考え込んだ公爵が、ようやっと口を開いてこう告げた。

「……殿下は、そうお考えになった」

「私とは少し異なる見方ですが、殿下のお答えをいただけて嬉しいです」

 

 一瞬、誰も口を開かなかった。


「お兄様それちゃんと考えた?」


 ゼトが耐えきれず吹き出した。

 

 

 笑い声が、響いている。


 

「…………」

「……その程度か」

 公爵の呟きは笑い声にかき消され、それを聞いていたものは誰もいなかった。



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