第81話 傲慢な小僧
「金は力だ、なんて簡単な答えだろう」
「天下のローデンバルド公爵が聞いて呆れるな」
公爵領の往来を、王子は上機嫌に歩いていた。
軽い足取りで町並みを覗き込んでいる。
その後ろを付いて回るゼトが大きくため息をついた。
「……アレでいいのか親父」
「金は力……だってよ」
「……別に間違っちゃいないだろう」
横の騎士団長はそう告げたが、その表情は渋く、首を押さえている。
「公爵にそのまま言うぞアイツ」
「…………」
しかし間違いではない。騎士団長は諦めたように繰り返した。
「……殿下がその答えで納得するなら、それで良いのだろう」
「我々の関与するところではない」
そう言い捨てると騎士団長が王子に並んだ。
「……あまり調子に乗られるな殿下」
——公爵! お前に決闘を申し込む!
そう言って公爵に剣を突きつけた王子は今、小銭の入った小袋をご機嫌に振り回して
「何を買おうかな」などと言っている。
金は力、か。たしかに力だ。
ああして悪態つきながらも、王子の機嫌は左右されているのだから。
ゼトはふと思う。
公爵は何を見せようとしているのだろうと。
「お?」
先を行く王子の足がふと止まった。
視線はある一点に注がれていた。
その視線を追った騎士団長の肩が、びくりと跳ねた。
気になったゼトも視線を追うと、そこに大きな硝子窓を備えた酒場があった。
陽はまだ高く、窓辺から見える店内に人影は少ない。
だが、その長卓に黒尽くめの長身が鎮座していた。
後ろ姿ですら分かる。
「……なんだアイツ! 北方公昼間から酒飲んでる!」
往来に響くゼトの声。
騎士団長がとっさに息子を羽交い締めにした。
騎士団長に抑えられる間も、ゼトの視線は王子に行く。
その横顔は少年らしく輝いている。
昼間から酒飲んでる輩にそんな目をするな。
そう怒鳴りたかったが、騎士団長の腕がびくともしない。
気づけば王子は駆け出していた。
まったく少しもじっとしていない男だ。
ゼトは騎士団長のスネを蹴った。
「エリオスを追えよ!」
行き先など、決まりきっていた。
◇
カランカラン。
閑古鳥の鳴く酒場に、場違いな客が姿を現した。
濡羽色を靡かせた王子が、店内を迷いなく進んでいく。店主の戸惑う声が王子の耳を抜けていく。
目的の男は、視線すら動かさない。ただ、琥珀色を滲ませたグラスを傾けていた。
「……やあアイゼングラード公、お隣、よろしいか?」
王子が身を乗り出し、長卓に手を置いた。
気障な仕草に、北方公の眉根が寄った。
「……来る場所を間違ってはいないか」
「何、お前の姿を見つけて顔を見に来ただけだ」
北方公の隣の椅子に勝手に腰掛ける王子。北方公は一瞥すらくれず、グラスを見つめている。
「……少し、話がしてみたくてな」
カランカラン。
また店の扉が開き、そこから顔を出した二人を横目で確認し、王子が手で制した。
騎士団長とゼトは手近な卓へ腰を下ろし、様子をうかがった。
「……話だと?」
「俺は王太子だぞ、こうしてサシで話すことに、意味はあると思うが」
「……王太子であることに何の意味がある」
「南方公ともこうして話すのかお前は」
公爵の名を出された瞬間に、王子の口元がピクリと動いた。
「……何故ヤツの名を?」
「分からぬのならばそれまで」
北方公が会話を切り、そのまましばし無言が続いた。
空になったグラスを店員へ差し出すと、そこに新たな琥珀色が注がれる。
北方公は、一度も王子を向いていない。
王子が歯を食いしばり、北方公を睨めつけるように見上げた。
「……諸侯連合、だったか」
王子が呟いた言葉に、ついに北方公の視線が王子を捉えた。
灰の目が、紅玉を貫くように刺さる。
「俺はよく知らないが、領主どもが集まった連なりなんだろう?」
「……確か、ローデンバルド公爵が中心になっているらしいな。前公爵の地位をそのまま引き継いだとか」
王子は重ねる。その灰の目から、目をそらさない。
王子はよく知らぬ。
ただ、その言葉を聞くたび、宰相の目が険しくなることだけは覚えていた。
諸侯連合。その言葉とともに聞く名はいつもローデンバルド公爵の方だ。
「お前も同じ公爵だろう」
「何とも思わないのか?」
焚きつけるような王子の言葉。
酒場がしんと静まり返った。
グラスを傾けた北方公が、ゆっくりとその顔を王子へと傾けた。
見下ろす灰の目が、愉快そうに細まった。
「……内弁慶な小娘の兄は傲慢な小僧か」
「なんだと!?」
「ヤツも担がれれば否が応でもならざるを得まい」
「王太子殿下は目に見えるものだけで物事を測るらしい」
まだ波々と注がれているグラスを置いて、北方公は立った。
その長身を屈めて王子を覆うように見下ろす。
「…………自惚れるなよ小僧」
「……王は望んでなれるものか?」




