第7話 次はいつ来る?
――――王女の部屋には、王女がまだ触れていない数冊の絵本がある。
「王女殿下は最近、お勉強を熱心にがんばってらっしゃいますね」
座学の教師が、そう言った。
褒められた王女は、静かにこう言った。
「うん」
「絵本を、もっと読めるようになりたいから」
「王女殿下、殿下にお会いしたいという方がいらっしゃるのですが」
「……ルシ?」
「……いいえ、別の方です」
「ふうん、いいよ、通して」
王女は来客のために立ち上がった。
そしてため息をついた。
――今日は、ルシは来なかった。
今日、王女は絵を描いていた。
亜麻色の髪、藍玉の瞳、深紅の上着、白いスラックスの王子さまだ。
側仕えの侍女が、ためらいがちに声をかける。
「王女殿下は、……絵がお上手ですね」
「どなたを、お描きになっているんですか?」
「……王子さま」
「王子様、ですか」
侍女が、額に手をやり考え込んだ。
――今日も、ルシは来ない。
ニャーニャー。
「にゃあにゃあ」
中庭の隅で、子猫が生まれていた。
いつからか城に住み着いていた猫が、子を孕んでいたという。
王女が、膝を抱えて猫の親子を観察する。
ニャーニャー。
「にゃあにゃあ」
子猫が鳴く度、王女も真似する。
暖かい季節だ、庭の周りに色とりどりの華が咲き誇っている。
だが王女はそれに目もくれず、猫と対話する。
――今日も来ない。
「ねえ」
徐に王女が口を開いた。
王女が侍女に話しかけるのは久々だ。
侍女が王女の様子をうかがう。
「どうなさいましたか、王女殿下」
「ルシは、いつ来る?」
侍女は隣の侍女と顔を見合わせ、首を振った。
「……その、いつ来られるかは、わかりません」
「公爵閣下はお忙しい方なので……あまり王宮にもいらっしゃらないんです……」
「閣下がお見えになったら必ず殿下の下へお越しくださるようお伝えします」
「ふうん、そうなんだ」
「……でも……いいよ」
「言わなくて、いい」
侍女が王女へ礼をした。
――――来ない。
「今日も集中してよく頑張りましたね王女殿下」
「それではまた明日」
「うん」
また明日。
この教師とは、また明日も会うのだ。
――――じゃあ、ルシにはいつ会えるんだろう。
扉を締めて歩き始めると、視線の先に、大人が二人いた。
「閣下、先日の崖崩れの件ですが、あれで金の流通が滞っておるのです、ローデンベルグ領の航路を使わせて頂けぬか」
「構いませんが、貴殿の所が我が領地を経由するのは些か遠回りでは?」
公爵が、そこにいた。
「でなければバルガス領主の土地を通らねばならんのです……」
「先日ウチの愚息がやらかした件でバルガスに根に持たれており……領地を通るに厳しい条件を付けられまして……」
「ああ……」
貴族と話している。
公爵は難しい顔だ。王女は廊下の角に隠れて様子を伺った。
「いいでしょう、通行証を発行するように言います……しかし」
「もっと良い方法も、ございます」
「何でしょう、閣下」
「私がバルガス卿にお声がけして、とりなすことも」
「なんと、閣下が?」
「余計なことでなければよいのですが」
「いやいや、願ってもない、もしそうして頂けるのでしたら……」
「……デミテス候、貴殿の頼みを聞く代わりと言ってはなんですが――――」
「閣下は抜け目ないですなあ」
「持ちつ持たれつと言うではありませんか」
ははは、貴族が大きな声で笑った。
話は終わったようだ。
貴族が去り、そして公爵が、王女のいる方に向かってくる。
――――見つかっちゃう。
王女が慌てていると、公爵が寸前で膝を折った。
「王女殿下、ごきげんよう」
――――隠れていたのに、見つかった。
廊下の角から白金色の頭が出た。
「すぐにご挨拶できず申し訳ありません、お仕事の話をしていたものですから」
「……シエルのこと、見てた……?」
「はい、可愛らしい姿が目に入りましたよ」
「……慌てて隠れているところも」
公爵が指を口元に置き、クスっと笑う。
王女がまた、頭を引っ込めた。
「殿下、今お会いできてよかったです」
「今日はお部屋にお伺い出来そうになかったので」
「けれど、ひと目殿下のお姿を拝見できればと、思っていました」
「こうしてお会いできて安心しました」
王女がまた、頭を出した。
「……忙しいの、お仕事」
「……はい」
公爵が首を傾けた。
……その、いつ来られるかは、わかりません。
公爵閣下はお忙しい方なので……あまり王宮にもいらっしゃらないんです……。
侍女の声が、木霊する。
「ルシに、見せたいものがある」
「えっ……」
「いっぱい、絵を描いた」
「お庭に猫ちゃんがいる」
「お花も、いっぱい咲いた」
「あと……読んでほしい絵本もある」
ぎゅ、と王女がスカートを握る。
「ルシ……次は、いつ来る?」
紫水晶のまんまるの宝石が、公爵の藍玉をしっかりと見つめている。
公爵は目を丸くした。そして額に手を当て、口を開いた。




