第78話 金は力
「……離せ、俺は犬じゃない」
「猫でもないぞ!」
まったく、王都を離れても過保護でうっとうしく、変わらない連中だ。
もはや定番のやりとりであった。
脱走を試みた王子の胴を捕まえた近衛が、路地裏から姿を現した。
そのまま噴水前の中央通りまで連れ戻され、ようやく王子は拘束から解放された。
通行人は王子の姿を見て口元を押さえ、もう片方の手に繋がれた幼い子供が王子を指さし笑った。
恥ずかしいだろ!
近衛に雑に背中を押された王子は、その近衛を睨みつけた後ある店を目指した。
その店の前には目印のように甲冑姿の巨躯が陣取っていた。
盾や鉄剣が飾られた窓辺の前に立つ騎士団長に王子は声を掛けた。
「……騎士団長、お前もこの店の商品なのかな?」
「また悪い冗談ばかり覚えられる」
騎士団長が動き出し、王子のために店の扉を開けた。
「……どうせここに来られるだろうと待っておりました」
扉の先に足を踏み入れ、王子の目にまず入ったのは木製の棚。
そこに飾られた長剣はよく磨かれている。
その横の棚にも、王子の身がすっぽりと収まってしまうような大きさの盾が飾られていた。
店の中央の受付台には深々と頭を下げた店員が二名いた。
「ようこそいらっしゃいました王子殿下……!」
若い店員が勢いよく頭を下げ、その拍子に飾ってあった長剣が倒れる音がした。
「お会いできて光栄です殿下!」
隣より年嵩の店主の声はひっくり返っていた。
「……そう緊張するな、飾ってあった武具が気になってな、少し見させてもらうぞ」
片手を振って近くの棚に近づく王子。
鉄製の大きな盾。
訓練場でも見かける代物。たまに騎士団長がこれを携える姿を王子は見る。
床近くに置かれたそれをしげしげと見つめていると、騎士団長が店内に入ってきた。
「盾が気になりましたか」
「ああ、お前がたまに持っているものだ」
「……見ろ、こうしゃがむと俺がすっぽり隠れる」
歯を見せて笑う王子に騎士団長も釣られる。
「殿下をお守りするのに適しているでしょう?」
「しかし重そうだ」
「戦場でも十分扱える重さですよ」
「……お前だからだろ」
騎士団長が乾いた笑いをこぼした。
「……持ってみてはいかがですか?」
「お?」
「……触れてみてもいいか?」
騎士団長が店主に目をやると、店主が何度も頷いた。
触発された王子が両手の指を動かし、大盾を握った。
両腕を使ってようやく大盾を持ち上げた王子。
「……も、持てたぞ騎士団長……」
「……大したことないな」
顔を真っ赤にした王子を見ながら、騎士団長は声を上げて笑った。
次に興味を示したのは、壁に飾られた大剣だった。
横に立てかけられた艶のある剣は、王子の背を優に超えるだろう代物であった。
磨き上げられた刀身に、王子の紅玉が映った。
「……なあ店主、ここの武具はどんな者が買いに来るんだ?」
王子に問われた店主が受付台から離れ、王子に寄った。
「常ですと、公爵閣下にお納めしております」
「以前は、王宮に献上させていただいたこともありましたが」
「ふうん」
王子の脳裏によぎる、いけ好かない亜麻色。
何が武力以外の力だ。
「王宮に納めたこともあるのか」
「……ええ、もう数十年も昔の話ですが」
「歴史のある店なんだな」
王子の言葉に恐縮した店主が一礼し、王子の合図でそのまま下がった。
「なあ騎士団長、あいつ、武力ではない力を見せる、なんてほざいてたが」
「……やはり俺にはわからんな」
「こうして武器を買ってるじゃないか」
「閣下は武力が必要ないとは言っておられませんよ殿下」
「じゃあなんだ、アイツの言う答えとやらを、教えてみろよ」
不満を顔に出した王子が一歩騎士団長に詰め寄る。
「いけませんよ殿下」
「そうやって人に聞かずちゃんと殿下ご自身でお考えになり閣下に示されるべきです」
騎士団長の眉間に深くシワが刻まれた。
「……ケチ!」
王子が騎士団長の脛を蹴ったのと同時に、カランカラン。
呼び鈴の乾いた音とともに店の扉が開いた。
「やっぱ考えることはいっしょかぁ」
王子が振り向くとそこにゼトの姿が。
「なんか険悪だな、加勢するぞエリオス」
ゼトの登場に気が抜けた王子が肩を落とした。
騎士団長すらも眉が下がっている。
「……お前の父親は頑固だな」
「また暴君発揮してんのか? 旗色が悪いなら俺は親父に鞍替えするぜ」
「……手のひら返しをやめんか」
ゼトは麻布に包まれた長物を手にしていた。
それを認めた王子が問うた。
「何か買ったのか?」
「……ああ、望遠鏡をな」
麻布から取り出したのは子どもの手にも馴染む手持ち望遠鏡。
王子が手に取り中を覗くと、ぼやけた景色が映るばかりだ。
「……何も見えないが」
「近えって」
王子が覗いていたのは、すぐ隣に立つゼトの頬だった。
「それの魅力は海に出ねえと伝わらねえよ」
「ホントは羅針盤が欲しかったんだけどな」
お小遣いじゃ買えなかった。
ゼトの声が寂しく響く。
「……エリオスは何を買う予定だ?」
「……考えてない」
「武具屋に来たはいいものの」
王子の目は、先程まで眺めていた剣や盾にいく。
「なあ店主、聞くが長剣はいくらするものだ?」
「……ものにもよりますが、兵に納める品でも金貨数枚はします」
「金貨!」
ゼトの悲鳴にも似た声。
王子が小袋を漁った。
「……一枚もない!」
「公爵はケチ!」
王子の罵言に騎士団長の拳が飛んだ。
「子供に大金を預けるわけがないでしょうが」
「もしやアイツ、金の価値を思い知らせようと俺を試した?」
「……読めてきたぞ」
「アイツの貴族仕草は筋金入りだ」
「貴族は金で物事を動かす」
「……金こそが力、そう言いたいのか……!」
王子の紅玉が真理を得たように瞬いた。
「……読めてねえじゃん」
ゼトが腹を抱えて笑いだした。
「俺やっぱ親父に付くわ、エリオスの側は分が悪い」
そして王子の頭にまた、騎士団長の拳が飛んだ。




