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第66話 決闘


「奴に簒奪の意思あり」


 王子の口から突飛な言葉が飛び出した。

「悪の頭目、討ち滅ぼすべき敵、悪徳領主」

「……妹は、ヤツに洗脳されている」


 おいおい、話が壮大になってきた。

 王子は最近見た芝居にハマっている。

 

「……敵の名は、ローデンバルド公爵」


 先日から何度も聞く名だ。

 ゼトは飽き飽きしていた。

 先日の盗み聞き以来、公爵が気に食わなくて仕方ないらしい。

 

 今王子は訓練用の人形を公爵に見立てて斬っていた。

 ゼトは訓練人形に向かう王子のそばに座り込み、王子のひとり芝居の客になっていた。


「ふん!」

 木剣が頭に命中。公爵は死んだ。

 ゼトが称えるように拍手する。


 騎士団長が会議中、公爵にやり込められていたのがよほど頭に来たらしい。

 ゼトも思うところはある。

 だがオトナの会議では茶飯事らしいことを、ゼトは知っていた。

 王女が公爵にご執心なのも王子は面白くないのかも知れない。

 公爵はすっかり王子の敵になった。


「飽きねえなあ」

「まだ公爵のこと無視してんの?」

「ああ」

「いつまで」

「ずっとだ!」

「はあ……」


 王子はこうなると頑固だった。

 会議から先、王子は公爵に挨拶されても無視だ。


 そろそろ城の空気がおかしくなってきている。

 やめてほしい。

 ゼト自身、公爵の愚痴は飽き飽きだった。

 王子ともっと面白い話がしたい。

 

 何か突破口を開くか。


「なあエリオス、あの会議の日、姫様体調崩したって言ってたろ」

「そう聞いた!」

「だがもう元気だった」

 王子はまだ木剣を振るっている。

 首を集中的に狙う王子。殺意が高まっている。


「見に行ったのか?」

「ああ!見に行ったが居なかった!アイツは暇があると公爵の部屋に入り浸りだ」


 ふうん。

 じゃあ、姫様は平気だろうか。

 

 あの日、怒り狂った王子が控室を飛び出した後、

 王女は目を丸くして事態を飲み込めずにいたようだった。

 

 ゼトは途中まで王女を送り、そのまま別れた。

 その日ゼトの元に王女からおやつのチョコレートケーキが送られた。

 王女は約束を律儀に覚えていたらしい。

 ゼトはまだ、そのお礼を言えずにいる。

 

 気にはなっていたが、王子伝てでなければゼトは王女に会えない。

 そして頼みの綱の王子はこの通り。


「ふん!」

 また、公爵の首が飛んだ。

 これでは頼めない。


 

 ——それから数日。

 王子は隣で訓練用の人形を打ち続けている。

 目に見える形で公爵を無視し続けた結果、その話は宰相まで行ったらしい。

 早い話が、チクられたのだ。


 そして騎士団長とも話をしたという。

 これは俺がチクったからだが。


 しかし。その甲斐なく王子の無視は続いていた。

 ……クソ公爵、だけは言わなくなったが。


 当の公爵は王子の無視もどこ吹く風といった様子で

 まるで気にしていないようだ。

 

 あの人形は今でも王子の中で公爵の形をしているのだろうか。

 ゼトには判断がつかない。

 王子はあれ以来おし黙って思案することが増えたからだ。


 今王子が何を考えているのか。

 ゼトには分からない。


 それでも訓練場にはいつもと変わらぬ時間が流れていた。

 騎士たちの打ち合いの音。

 木剣がぶつかる乾いた音。

 王子の振るう剣。


 その音が、不意に止んだ。


 その中で靴音が、辺りに響き渡った。

 現れたのは、深紅の華美な上着に白いスラックス姿の優美な男。

 汚れ一つないそれは訓練場に似つかわしくない。


 公爵だ。


 公爵は騎士団長に用があったようだ。

 数日前に会議であれだけやりあったやつらが何事もなかったように会話している。

 ……オトナの世界は難しい。


 打ち合いの音も自然と再開された。


「なあ、親父普通に公爵と会話してるぜ……気にしてねえんじゃ……」

 何気なく隣を見ると。

「あれぇ!いない!」


 隣にいた王子がいない。

 気づくと辺りがざわついていた。


 姿を探すまでもない。

 騎士たちの視線を辿れば一目瞭然。

 

 王子は騎士たちをすり抜け、一直線に公爵に向かっていた。

 公爵にたどり着いた王子が片手の木剣を振り上げ。

 

 公爵の喉元に剣先を突きつけていた。


「公爵!お前に決闘を申し込む!」


 ああっ王子がやらかした!


 

 ◇

 

 

 言ってやった!

 王子は大きく息を吸い込んだ。

 木剣は未だ公爵の喉元に突きつけたまま。


 公爵は王子を見下ろしたまま微動だにしない。


 ふふん、臆したか、公爵。


 訓練中の騎士らが、王子に注目していた。


「ふむ……」


 公爵が、自身の指先を口元にやった。


 ――――シエルはこいつに騙されている!


 固唾を飲んで見守る中、動いたのは騎士団長であった。


「殿下!何をやっておられるのか、ご自身で分かっていますか!?」

「黙っていろ騎士団長!これは俺の意思だ!」


 怒号が響き渡る。

 お前のためでもあるのだぞ、王子はその言葉は飲み込んだ。


 会議で理不尽に追い詰められていた騎士団長。

 子爵家の出でありながら、戦で武功を立て伯爵まで昇った傑物。


 剣があれば、このような細腕の男には負けない。

 公爵が踏みつけていい男ではない。


「お前の力を俺に証明しろ公爵!」

「その細腕でシエルを守れるのか!」


 公爵が、薄く笑った。

「……なるほど」

 細い指を胸元に添え、視線が横に流れる。


 王子は身構えた。木剣を持つ手に力が込められた。

 

 そして公爵は、そのままゆっくりと跪いた。

 

 流れるような動作であった。

 周囲から音が消える。

 騎士団長すら目を見開いていた。


 カラン。

 乾いた音が辺りに響く。

 王子の手から木剣が滑り落ち、気づいたときには木剣が石畳に落ちていた。


 いつも王子を見下ろす瞳が今、王子を見上げる。

 藍玉が、紅玉を捉えている。


「私の力を証明できればよろしいのですね、王子殿下」

「……ああ」

「……残念ですが私は剣を扱えぬ身です」

「殿下の期待するようなものはお見せできぬでしょう」

「……しかし、聡明な殿下のこと。あなたが本当に求めてらっしゃるものは別にあるのでは、と私は考えます」

「あなたは王女殿下を守れる力を私に見せろとおっしゃった」

「ならば私なりの方法で、あなたにそれをお見せします」

 

「……あなたを私の領地にご招待したい」


 公爵から思いもよらぬ言葉が飛び出してきた。

 挑戦していたのは王子のはずだ。

 なんだ?今何が起きている?

 気づくと周囲もざわめいている。


「……領地?お前の?」

 

「はい、そこで殿下のお求めになる答えを提示できるかと」

 公爵は王子を見上げているのに、どこか挑戦的だ。

 

「…………いいだろう」

「そこまで言うのであれば、その申し出、受けてやってもいい」

「ありがとうございます、殿下」

「ご期待に添えるよう、努力します」


 また、公爵が笑った。

 図られたかもしれない。

 王子が気づいた時には遅かった。

 

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