第63話 王子と王女の共同戦線
各々の家紋を背負った華美な馬車が続々と城門をくぐっていく。
降り立った貴族たちは、従者を引き連れ足早に王宮へと入っていった。
王子襲撃事件を受けた緊急招集である。
◇
「……なんで外出てんだよ」
騎士団の詰め所。今ここに王子と王女の姿があった。
王子はともかく、こちらに王女が訪れるのは珍しかった。
「大人しくしてろよ」
「なんで姫様まで巻き込んでんだ?」
木剣を肩に背負ったゼトがうんざりとした様子で交互に二人を見やる。
ゼトの背後で木剣を振っている他の騎士たちも珍しい姿に興味津々で視線を投げかけている。
「嫌だね」
小憎らしい笑顔の王子。
「……話がある」
王子に肩を掴まれ人目のない場所まで引っ張られるゼト。
その後を王女もついていく。
「……会議を覗くだと?」
後ろの護衛を気にしながらゼトが小声で告げた。
「そうだ、お前いい場所を知っているだろう、案内しろ」
「知ってるけど……」
王子がゼトを正面に見据えた。
「今日の会議は俺のことが話題に出る」
「……知りたくないか、ゼト。賊がなんで俺を襲ったか」
王子に告げられ、ゼトが目を伏せた。
ゼトの肩を掴む王子の力が、強くなる。
ゼトの視線が王女に移る。
「姫様も?」
王女が頷いた。
「……ルシに会いに行く」
「物好きな……」
そして王女がゼトに寄って耳元でこう告げた。
「今日のわたしのおやつをあげる」
「……チョコレートケーキだよ」
ゼトは観念したように両手を上げ、頭上で丸を作った。
小会議室前。貴族らはすでに室内に入っていたが、その侍従らは付近で屯していた。
「当たりだ」
ゼトが拳を握り、王子と王女が顔を見合わせ頷いた。
「……あ~公爵はもう中に入っちゃったかぁ」
「ルシに会いたかったのになぁ」
子供二人の大きな声が辺りに響く。
会議室前に待機していた執事長が、二人の声を聞きつけ近づいてきた。
「……お部屋に居てくださいと……」
執事長の姿を認めた王子が咳払いを一つした。
「いやあ、シエルが公爵に会いたいって泣きついてきてさぁ」
「……もう会議は始まっております」
「じゃあ仕方ないかぁ」
王女が大きく頷いた。
「……終わるまで待ってるから、隣にいていい?」
王女が指したのは会議室隣の控室。
「大人しくしてるからさぁ」
王子が追撃する。
執事長が王子と王女を交互に見比べ、不審そうに目を細めた。
「お暇になると思いますが」
「大丈夫」
「三人で大人しく遊ぶから」
王女がこくこくと頷き、王子も肩をすくめてみせた。
執事長がなおも訝しげな視線を向けた。
だが。
「……どうぞ、空いております」
意固地な二人についに根負けした。
——しめた。
——作戦成功。
執事が燭台に火を灯し、三人だけが控室に残された。
そこは椅子と机が乱雑に置かれ物置と化した簡素な部屋。
壁の高い位置に通気口だけがぽつりと開いている。
手狭な控室は、護衛を外に追いやるのには十分な理由となった。
王子と王女が勝利の握手を交わす。
「……巻き込みやがって……」
ゼトだけがやれやれとため息を漏らした。
「本題はここからだ、ゼト」
隣からは大人たちの声が漏れている。
王女が片耳を壁に押し付けたが、内容までは聞こえない。
ゼトが机を壁際に寄せる。
「こっちだ」
通気口の奥には、子供一人が這って進めるほどの狭い通路があった。
「……さて」
「明かしてもらおうか、賊の正体を」
王子がニヤリと笑った。
「……ルシが見えないよぉ」
「シエル、押すな」
「だって……」
「……声が聞けるだけで我慢しようぜ」
「騎士団長もいるな」
控室の通気口は、会議室の横窓につながっていた。
暗く狭い通路に子供が三人。ギュウギュウに詰まっていた。
小さな横窓を覗こうと頭をくっつけ合っている。
——して、あの道を通ったのは何故か。
——交流会に行くにあたって、最も整備された道がそちらでした。
「……おっ聞こえる」
子どもたちが揃って息を潜め、内容に聞き入った。
「しかし死角も多い、事前にわかっておったことでは?」
「殿下の御身に負担をかけぬために舗装した道にご案内した」
「結果的に危険にさらしておるではないか」
どこかの貴族が吐き捨てた。
騎士団長はずっと立ち上がっている。
「下見が不十分だったのも問題だろう」
また別の貴族が手を挙げて言う。
「……下見役が見回ったときは、何の異変もなかったと」
「下見が賊を見落とした?なんのための下見だ」
議場に嘲笑が落とされた。
子どもたちの耳にもそれは届く。
「……皆さん、その辺で」
周囲よりも幾分高い声が鳴った。
王女が目を見開いて横窓に食らいついた。
「……ルシ」
王女の知る、いつもの声だ。
まぶたを閉じて、声に聴き入る。
「聞けば此度の襲撃、手引きした者がいるとか」
「その下見役の素性は、確かなのでしょうか?」
「……当然、その者にも取り調べは行いました」
「しかし身元は確かにございます」
「忠実な臣下の家より、王家に送られた騎士の一人」
「疑うべきところは、ありません」
「…………」
「……であるならば」
「疑うべきはその能力ということになるのですが?」
公爵の声が、一段低くなった。
王女の身も固くなる。
「……下見役については王子殿下の護衛からは外しております」
「護衛の配置については、今一度改める所存です」
「騎士共の教育も、同様に」
「……まあ良いでしょう」
静けさが、場を支配している。
公爵の静かな声のみが響いている。
それを切り開いたのは宰相だ。
「先ほど賊の一人を捕らえたとお伝えしましたが」
「素性が知れました」
「半年ほど前にある貴族の家から解雇された兵士です」
「その家は無関係であるため、仔細は申し上げられませんが」
「……賊は金で雇われたと申しております」
「その場で掃討した者共についても、皆流れの兵士崩れでした」
「また、手引きした者については」
宰相の声に、会議室の空気が張り詰めた。
「ある家の侍従が騒動後失踪しておるそうで」
「行方を追っておる途中です」
どこの家だ。どこかの貴族が言い募った。
「……まだ申し上げられぬ。此度の件に関わっていると断定できぬ以上」
庇っておられるのか?また別の貴族が言った。
「そのような意味ではないと、今理由を申し上げたはずだ」
「……騒動より五日。まだ全容が明らかになったわけではない」
「事実が明るみになれば包み隠さずお伝えしよう」
そして宰相が問答無用で着席した。
また、議場が静けさに満ちる。
三人も、その空気に飲まれたように口をつぐんだ。
「……宰相閣下のご一報をお待ちするとして」
「此の度の賊、随分と手練れが集まっていたようですね」
その静けさに石を投げ込むように、公爵がまた口を開いた。
「賊は十数名」
「犠牲者一名、負傷者数名」
「しかし殿下の馬車には賊の手ひとつ触れさせなかったとか。さすが王家直属の護衛騎士」
「討った賊の半数以上は騎士団長殿が倒されたとも。圧巻です」
公爵が静かに手を打った。
「……しかし、それにより私は思うのですが……」
また、公爵が場を支配している。
よく通る声。穏当な語り口。
しかしその中に、刺すような棘がある。
顔は見えない。
けれど王女には分かる。
笑っていない。
——いつもの、ルシじゃない。
ぎゅう、と胸を抑え、この場を見守る。
「あの場に騎士団長がいなければ、殿下は」
「……どうなっておられたのだろうと」
「王家の守りを一人の武勇に委ねる状況は、決して健全とは言えぬのでは?」
「私だけの武勇ではありません」
被せるように騎士団長の声が上がった。
「……しかしあなたの武勇が此度の襲撃を防いだのは事実」
「賊が私をこぞって狙ったというだけの話」
「ではあなた以外がその対象であったなら?」
「皆切り抜けられるよう鍛錬を積んでおります」
「しかし犠牲となった騎士も近衛騎士」
「訓練を積み、近衛へと上がった者のはず。その者が討たれた」
「その事実を、あなたはどう受け止められるのか」
「……それは」
騎士団長が言い淀み、顔を伏せた。
「……騎士共は、全力を尽くしました」
「戦場には、魔物が棲んでおります」
「どんな歴戦の兵士も足元を掬われる瞬間がある、そんな魔物です」
騎士団長が額を覆った。
「……誰が死んでもおかしくないんです」
騎士団長の声が、弱々しく議場に響く。
「……お言葉を返すようですが騎士団長」
公爵がそれに畳み掛けた。
「その魔物に掬われるのが、殿下であった可能性もあるのでは?」
「違う!」
ダン!
王子が床を叩いた。
胸を抑える手は、震えていた。
気づいて王女は自身の両の指をからめて握った。
ふと王子を見やると、ゼトが王子の口を手で塞いでいた。
王子は拳を握り締め、きつく議場を睨みつけていた。
王女がゼトと目が合い、ゼトが困ったように眉を下げた。
「……戻ろう」
控室に戻ったとき、王子がその場にあった椅子を蹴飛ばした。
「……クソッ!」
何度も何度も蹴り、護衛が扉を叩くまで続いた。
「なんで騎士団長が責められなきゃなんないんだ!」
王女とゼトは返す言葉を持たない。
「……戦ってもないやつに……なんで……」
ギュッと唇を噛んだ王子がたまらず控室を飛びだした。
出ていった王子を見送りながら、王女は呆然とその場に立ち尽くした。
頭の中にはいつも微笑む公爵がいた。
その公爵の顔が、今は。
——思い出せない。




