第62話 緊急招集
「賊は何か吐いたか?」
廻廊を進む宰相の足取りは重い。
王子の乗った馬車が賊に襲撃され早四日。
賊の目的は未だ知れず、捕らえた残党の口が割れるのを待つしかない状況にあった。
甲冑をまとった騎士が宰相の重い足取りに合わせゆっくりと歩を進める。
「いいえ、まだ」
「しかし、昨日から食事を断っているので、そろそろ何か吐くのではと」
騎士団長は今、地下牢で賊と相対している頃だ。
どのような手段で吐かせるのか。騎士団長はやりすぎるところもある。
「……加減しろと伝えておけ」
「はい」
「招集した者たちが揃うのは明日だ」
「何かしら分かればよいな」
「……あの、宰相閣下」
「賊が吐かなかったら……」
「もとより期待しておらん」
「……賊は王子を待ち構えていた、それが分かれば十分」
賊の正体など知ったところで、だろう。
暗殺、誘拐、私情、目的よりも。
——手引きしたものがいる。
そちらのほうが由々しき事。
「王子殿下は大人しくしておるか?」
「はい、不思議なほどに」
「さすがに堪えたのかもしれんな」
王子は先の一件から私室に軟禁状態にあった。
王子の安全を優先した結果だ。
だが文句も言わず、王宮内をうろつくことすらないのは不思議ではあった。
「少し我慢して頂かねばな」
「王女殿下は問題なかろう、常から自室におられる方だ」
「…………その」
「……宰相閣下」
歯に詰まったような物言いの副騎士団長に、宰相が見上げた。
副騎士団長は頭を掻いて言葉を選んでいる。
「それが……王女殿下は……」
そして長く考えていた副騎士団長が、ようやっと口を開いた。
◇
王子が本を片手に私室の中を動き回っていた。
まったく落ち着かない。
大人しくしていろと自室に押し込まれ、王子は手持ち無沙汰になっていた。
普段なら扉の外に控えている近衛が、今は私室の中で見張っている。それも落ち着かない。
木剣を振れば叱られ、蹴り玉を手に取っても叱られた。
仕方なく、普段ならば手に取らぬ本をめくっていたが、数分もしないうちにテーブルに戻した。
退屈は王子をうんざりさせた。
しかし王子は私室から出ようとは思わなかった。
ゼトを呼ぼうか、ふとそう思って扉に目をやると、何やら外が騒がしいことに気づいた。
——外に出てはなりません。
——お戻りください。
——邪魔しないで!
「……なんだ?」
とてとてと軽い足音が近づいてくる。
そしてなんの予告もなく、扉が開け放たれた。
「お兄様!」
「……えっ」
王子の部屋に来るはずのない姿。
「シエル……?」
ちまっとした姿が、扉の前で仁王立ちしていた。
背後で侍女が慌てているが、王女はそれを気にも留めず王子を見据えている。
「なんだ、お前」
ノックは。なんでお前が。様々な文句が王子の頭の中を駆け巡ったが、言葉にはならなかった。
「賊は」
王女の口から出たとは思えぬ言葉が出た。
「お兄様を襲った賊は誰?」
「……お前……俺のこと心配してくれたのか?」
襲撃後、会えていなかった妹。
どうしているのか。王子は気にしていたが、王女も気にしていたとは。
王子が感動で言葉に詰まっていると。
王女が小さな拳を握りしめて言った。
「賊のせいでルシが今日来れなくなったの!」
今日は本来なら公爵が王女のもとを訪れる日であった。
だが襲撃の一件で、王女も王子同様、私室待機を余儀なくされていた。
「……また公爵かよ」
「許さないんだから!」
ダン、と小さな足が絨毯を蹴った。
こうまで怒り狂った王女を見るのは王子もはじめてだ。
後ろの使用人たちも困り果てている。
「……賊は……騎士団長たちが倒したよ」
「許すとか、許さないとか以前に……」
臓物をぶちまけて死んでいる。
「一人残ってるよ!」
王女が王子に近づいてくる。
「お兄様のこと襲った人、まだいるもん!」
「お兄様、いっしょに賊を懲らしめよう」
真剣な王女の目。王子の両腕は王女に握られている。
妙なことに巻き込まれた。
そう思いつつも妹の頼みを断れる王子ではなかった。
先程から警備兵や使用人の視線が痛い。
王女に引きずられるように片手を引かれ、その後ろを歩く王子。
道行く使用人たちは揃って
「殿下、私室にいろと申し上げたでしょう」
そう、王子を咎める。
なぜか王女ではなく、王子ばかりがだ。
そしてその都度怒り狂った王女が邪魔しないで!と繰り返し、言われた相手は目を剥いていた。
「……どこ行くんだ」
「賊のいるところ」
「地下牢?」
「そう、やっつけないと」
どうやって。
王子は思ったが黙ることにした。どうせ聞きはしない。行ったところで警備兵に阻まれて終わりだろう。
王子が考えるべきはその後のことだ。
——阻まれた王女をどうなだめるか。
「……地下牢の場所どこ?」
知らないんじゃないか。
王子が場所を指し示し、二人はどんどんと奥に進んでいった。
王女の足を考えるとだいぶ大冒険だ。
地下牢の入り口にたどり着く頃には王女の息は上がっていた。
案の定、警備兵がその入り口を守っている。
ついでに、騎士団長もそこにいた。
「あっ何をしておられるのか!」
二人に気付いた騎士団長が小走りで近寄ってきた。
「私室にいろと言いませんでしたか!」
「王女殿下まで巻き込んで!帰りなさい!」
やはり王子が叱られる。
それを制したのは王女だ。
「騎士団長!」
常なら小声の王女が廊下に響き渡るほどの大声を上げた。
地下牢前の警備兵すら驚いてこちらを向く。
一番驚いているのは目の前の大男であった。
目を瞬かせ、王女を見ている。
「賊は何かしゃべった!?」
「……ええ……?」
王女の背丈に合わせて窮屈そうに屈む騎士団長。
「なんとおっしゃいました?王女殿下」
「……だから、賊は何か言ってた?」
「ちゃんと懲らしめた?」
騎士団長の目が右往左往し、助けを求め分かりやすく狼狽えている。
王子たちのイタズラにはすっかり慣れた騎士団長。
もはや見られぬ光景と思っていたが、ここに伏兵がいた。
王子は小さくほくそ笑む。
「いや……その……懲らしめてはおりますが」
「王女殿下にお話できるようなことは何も」
「なんで?」
騎士団長の視線が王女から逃れるように横に逸れた。
今日の王女は厳しいぞ騎士団長。
「……あの、兄君が危険な目に遭いお怒りなのは分かりますが……」
「ルシとの約束の日だったのに!」
「ええ……?」
「ルシに会えなくなった!」
「そっちですか……」
感情が高ぶった王女の目には涙が溜まっていた。
「約束……してたのに…………」
オロオロと困り果てる騎士団長。
甲冑の隙間からハンカチを取り出し王女に差し出した。
ハンカチなんか持ってたのか、騎士団長。
「賊はキッチリ懲らしめますからお戻りください王女殿下」
「…………」
「……なあ、騎士団長」
「賊は何か言ったのか」
騎士団長が拷問したのだろう。
「あなたにもお話できませんよエリオス殿下……」
「でも俺は当事者だ」
「聞く資格はあるだろう」
未だ、王子の頭の中では、あの時の記憶を繰り返している。
王子の紅玉が、騎士団長の碧玉を見つめている。
——ゼトと同じ色だな。
ああ、またあのそばかすを思い出したじゃないか。
「…………」
騎士団長は頭を掻いている。
王子は騎士団長を見つめたまま目を離さず、答えを待つ。
王女は隣で唸っている。
そしてため息を一つつき、騎士団長が口を開いた。
「内通者がいることは分かりました。ですがそれ以上は分かりません」
「お教えすることもできません」
騎士団長が王女の胴を捕まえ、持ち上げた。
「離して!」
「申し訳ありません、王女殿下」
そして後ろについてきていた護衛に手渡した。
次は王子だ。王女同様捕まえられてまた別の護衛に手渡された。
「犬猫じゃないんだぞ!」
「言いつけを聞かぬのですから似たようなものです」
「もう少しの辛抱ですから大人しくしていなさい」
二人して護衛に小脇に抱えられ、来た道を戻る。
通り過ぎる使用人は揃って笑いをこらえている。
横目で見た王女は頬を膨らませていた。
「ねえお兄様」
「……内通者って何」
「さあ」
「……また私とルシの邪魔する人がいるってこと?」
また王女の目がギラついた。
「さあな……」
「お兄様また襲われちゃうよ?」
「………………」
きな臭い話になってきたものだ。
俺が一体、何したって言うんだよ。




