第60話 そばかす
本日は2話連続更新で次話を夕方頃公開予定です
「なあ、王子を待たせるって信じられないよな」
王子が一人、城門前で仁王立ちしていた。
カサついた落ち葉が舞っている。湿り気のある風が王子の鼻先を掠め、王子はひとつくしゃみをした。
寒気に王子が自身の腕を抱いた。
気づいた近衛騎士が肩がけを王子に差し出した。
冬も近い。
王子の鼻先と頬が赤く染まっていた。
「王太子なんだぞ」
「……馬車にお戻りになっては?」
近衛の言葉を王子は聞かない。
肩がけを頭からかぶって、ずっと厩の方向を睨みつけている。
馬の蹄の音が近づき、王子の顔がようやっと緩んだ。
「やれやれ、やっとか」
肩がけを外し、身なりを整え始める王子。
「……騎士団長とゼトには罰が必要だな」
そして近衛に笑いかける。
側にいる護衛は、若い男であった。
そばかすが散っているその顔が、誰かを彷彿とさせた。
「……殿下、今日俺が護衛につかせていただくのでよろしくお願いしますね」
「ああ、良きにはからえよ」
威張る王子に近衛が笑った。
「……どこで覚えてくるんですかね、本当に」
「申し訳ありません、お待たせしました!」
馬がいななき、騎士団長の大きな声が響き渡る。
その背中に張り付いていたゼトが馬から飛び降り、王子に寄った。
「わりぃ」
「遅いぞ!」
軽くゼトを叩いた王子が今度こそ馬車へ乗り込んだ。
そして王子の姿を確認した近衛は兜を被った。
出立だ。
馬車がゆったりと街道を進んでいる。
蹄の音が規則的に鳴り、馬車が小さく揺れる。
「なんか馬が興奮してまったく言うこと聞かなくてさ」
「親父といっしょに宥めてたら遅くなっちまった」
「ふうん、珍しいこともあるものだ」
騎士団長の愛馬は大人しい気質だ。
黒く、頑強な馬だ。
体躯の大きな騎士団長がまたがってもビクともしない。
そして王子がはじめて会ったときも大人しく鼻先を触らせてくれた。
……良い馬だ。
「しっかしこんな寒いときに交流会なんか行かなくてもいいじゃん」
先程まで王子が被っていた肩がけを、今はゼトが被っている。
いつも見えるゼトの膝小僧が、今日は厚い下履きで覆われている。
「会場に着けば暖かいだろう」
「行くまでがしんどいぜ」
寒いのは王子も苦手だ。ゼトはそれ以上に苦手なようだが。
「セヴェルは今日、来てるかな」
薄茶色の髪をした生意気な友人の姿を思い浮かべた。
「聞いてねえけど……いるんじゃないかな」
「……そうか、話したいことがあるんだが」
「俺は今日暖炉前を陣取るぜ」
華奢なゼトは暖を取ることしか考えていない。
セヴェルも華奢だ。もしかしたら今日は三人で暖炉を占領することになるかもしれない。
早いもの勝ちだな、そう王子は思った。
今日のゼトは口数が少ない。
王子は馬車の窓掛けに手を掛け、外に目をやった。
馬車は開けた街道を抜け、鬱蒼と木々が立ち並ぶ森に差し掛かった。
会場まではまだ遠い。王子の口から欠伸が漏れた。
——ヒヒイイン。
突如、馬がいななき、馬車が大きく揺れた。
王子の身体が床に投げ出された。
「なんだ!?」
——止まれ!何奴だ!
——伏兵!木の上に人影あり!
——敵襲だ!
「敵襲……?」
おそるおそる窓掛けに手を掛ける。
目の前に見えるものは騎士の鎧。
近衛が馬車のすぐそばを固めている。
野太い怒号と馬の悲鳴。
剣がぶつかり合う金属音までもが王子の耳に響いた。
「馬車に近づけさせるな!」
騎士団長の雄々しい声が辺りに響き、その刹那、耳を塞ぎたくなるような悲鳴が上がった。
窓の隙間から、振り下ろされる大剣と、二つに割れた人影が見えた。
「おお……」
王子の口から感嘆の吐息が漏れた。
心臓は先程から嫌にうるさく鳴っている。
だが、騎士団長の声を聞いた瞬間から、それは高鳴りに変わっていた。
「すっげえ」
気づけば頭がくっつくほど近くにゼトの姿があった。
二人でしゃがみ込み、窓際に張り付いていた。
「殿下!絶対に馬車から出ないでくださいね!」
馬車に張り付く近衛が切羽詰まった様子で王子に声がけた。
王子は返事の代わりに窓を二回叩いた。
騎士の鎧の隙間から動く影を追う。
チラリと横を見ると、ゼトの口元が少しだけ上がっていた。
なんだ、ゼト。お前も同じか。
悲鳴と金属音が入り乱れる中。
騎士団長が大剣で突くと、馬から人影が落ちた。
二人。
馬車に近づく人影。その影を黒馬が踏み、騎士が剣で突き刺した。
ギャア、と叫びが上がり、沈黙した。
三人。
騎士団長の背後から斬りかかる影。それを一瞥もせず、回し蹴りで吹き飛ばし、大剣で一突き。
四人。
「……やっちまえ親父、皆殺しだ」
隣のゼトがそうつぶやいた。
そうだ。
やってしまえ。
ハッハッハ。王子の口から笑いが溢れた。
「騎士団は無敵だ」
どれほどの時が経ったのか。
辺りから音が消え、王子とゼトも自然と押し黙っている。
——掃討完了。
騎士の声が反響した。
その瞬間、王子の身体から力が抜け、隣のゼトと手を叩きあった。
窓を叩かれ、側にいた近衛が窓を開けた。
「殿下、賊は掃討しました。……ご無事ですか?」
「ああ……ご苦労、大義だった」
足音が近づく。
窓から見えたその姿に、王子は自然と表情を和らげていた。
「無事ですかな殿下?」
現れた英雄は血しぶきで甲冑を彩っていた。
頬にも血を浴びていた。
だが王子には分かる、これは返り血だ。
騎士団長は怪我一つしていない。
「よくやった騎士団長!」
「褒めてやるぜ親父」
ゼトと二人、拍手で功労者を称える。
何人倒したんだ、騎士団長。
今日の英雄の話をすぐにでも聞きたかった。
だが、騎士団長の顔は晴れない。
俯き、視線はどこか遠くにある。
「?」
笑えよ。騎士団長。
「……まだ安心はできません。まずは開けた場所に移動を」
「しかし少しだけ、お待ち頂けますか」
「すぐ動くよう騎士どもに伝えます」
「………………」
「どうした?」
「いえ」
言い淀む騎士団長。
「……あとで、お伝えします」
「なんだ」
「……負傷者が」
胸騒ぎを感じ、王子が馬車から飛び降りた。
騎士団長と近衛の間をすり抜け走る。
「殿下!」
「見ないほうがよろしい!」
騎士団長の叫び。そしてゼトが王子の後を追った。
賊が倒れている。
臓物をぶちまけながら。
これも賊、あれも賊だ。
賊の死体を避けながら走ると、その先で騎士たちが円を組んでいた。
そしてあるものを見下ろしている。
その中で、一人の騎士が誰かの身体を抱いて震えていた。
抱かれた騎士の兜が外されていた。
眠っているかのようだった。
赤毛で、頬には目立つそばかす。
今朝、言葉を交わした近衛だった。
呆然と立つ王子の肩を、叩く者がいた。
「おい、賊がまだいるかもしれねえんだから馬車戻れ」
「………………」
ゼトの頬にも、そばかすがあった。
「……そうだな」
王子が踵を返し、ゼトの手を握った。
痛えよ。抗議の声がしたが王子の手は緩まなかった。
頭の中に響くのは、先程まで笑っていた自分の声だった。




