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第59話 集う諸侯連合

 杖の先を石畳に打ち付け、馬車から一人の老人が降りてきた。

 華美な馬車に取り付けられたものは、ゼトの見たことのない家紋であった。

 老人が、ゼトに気づき視線が交わった。

 瞬間、背筋が冷えた。

 腰の曲がった老人とは思えぬ、鋭い目だった。値踏みするかのように、老人の目がゼトをなぞる。

 ゼトは思わず後ずさった。

 反射的に腰を折り、そのまま踵を返す。

 老人のすぐ後ろに、似たような馬車が続いていた。

 

 馬の蹄の音が石畳に響く。

 次々と紋章付きの馬車が城門をくぐっていく。

 降りてくる貴族たちは、皆ひどく威圧的に見えた。

 

 ゼトは走った。貴族らの視線が届かぬ場所まで。



 ◇

 


 走って戻ってきたゼトが手ぶらであることに気づき、王子は首を傾げた。

「……蹴り玉見つからなかったのか?」

 王子の側に戻ったゼトが、息を切らしながら答えた。

「あった」

「あったけど……貴族らの馬車が大勢やってきて……」

 取り損なった。ゼトの言葉の途中で、王子は遠くの城門を見やった。

 確かに遠くでなにやら大人たちの話し声が聞こえる。

 次々と紋章付きの馬車が入ってくる。

 城門前には、たくさんの大人たちが屯していた。


「ああ……今日、王公会議があるそうだぞ」

 今の王子には関係がないが。

 半年に一度、国中に散らばる有力貴族らが一堂に会する。

 この日ばかりは、王宮中の空気が張り詰める。

 貴族らが挨拶に来るから部屋にいろと宰相に言われていたが、王子は聞かなかった。

 ピリピリした空気の王宮にいたくなかったからだ。


「蹴り玉はあとで回収しよう」

「貴族らが来たなら俺もそろそろ時間だ」

「顔ぐらい見せないとな」

 ため息を一つ。

 王子は指先で口の端を伸ばした。

 笑顔の準備をしなくちゃな。



 ◇

 

 

 王女の私室に、低い笑い声が響いた。

 そっと窓辺に寄り様子をうかがうと、正門からやってきた数人の大人たちが石畳の通路を歩いている姿が目に入った。

 王女が目を凝らして集団の中を探す。

「……いないかも」

 途端に興味をなくし、手元の本に目を落とした瞬間、ひときわ大きな声が上がった。

 ——おお、公爵閣下早いですな!


「!」

 王女の顔が跳ね上がった。

 窓辺に張り付き、目を細めた。

 そこに、遠目にも目立つ深紅の上着を着た男が、いた。


「来た!」

 王女は慌てて姿見の前に立った。くるりと一回り。

 頭のリボンに触れ、王女は小さく微笑む。


 そして王女はそのまま自室を飛び出した。



 ◇


 

 ティーカップを勢いよく傾けた。

 程よく冷めた茶が喉を通っていく。水でも流し込むように飲み下す。

「……もうやめておけ」

 正面のソファに沈む宰相がそれを制した。

「何杯目か」

 騎士団長が空になったカップを見下ろした。

 先ほどから喉が渇いて仕方ない。

「……分かっておるのですがどうにも落ち着かず」

 騎士団長がソファに背を預けた。

 

 嫌な時間が迫ってきている。

 先程から、使用人がひっきりなしに扉を叩いていた。

 どこの貴族が到着した、控室が足りぬ、誰と誰が揉めている……。

 聞く度に、騎士団長は小さくため息を吐いた。

「案ずるな、貴殿はそう槍玉に上げられぬだろうよ」

「……何を根拠に。私を叩く理由はあるでしょう」

 宰相の慰めも、今の騎士団長には効かぬ。

 正面の顔が煩わしそうに首を振った。

「……貴殿を槍玉に上げれば、自ずと火の粉がかかる方があちらに居られるだろう」

 

 また、執務室の扉が叩かれ、執事長が顔を出した。


「……アイゼングラード公がご到着されました。これで皆様お揃いになられました」

 ああ。お揃いになってしまったか。


「行くぞ」

 強く背を押された。

 首輪をつけられて引かれる気分だった。

 背の丸まった老人の後ろを、騎士団長は重い足取りでついていった。


 今から向かう先は戦場だ。

 だが、剣の使えぬ戦であった。



 ◇


 

 ——やれやれ、王太子というのも大変だ。

 王宮へ戻ると、回廊では使用人らが忙しなく動き回っていた。

 王子を見つけた使用人らが、探したんですよ!などとやかましく言ったが、小言は王子の耳からすり抜けていった。

 ちゃんとこうして向かってるだろうが。うるさい奴らだ。


 だだっ広い玄関ホールに、貴族らがうじゃうじゃと集結していた。低い笑い声がよく響いている。

 そして先客がいた。

 太い大理石の柱の陰に、ちまっとした姿があった。

 白金色の頭が、ある一角を見つめている。


 王子ははじめに白金色の元に向かった。

「こんなところでどうした」

 背後から声をかけるが、王女は振り向かない。

 王子は肩を叩いた。

「……もう、しつこいよ」

 王女はやっと振り返ったが、表情は浮かない。

「何してるんだって聞いてる」

「何って……待ってる」

 見ずとも分かるが。

 どうせアイツだろ。王子が見やると貴族の集団の中に見慣れた亜麻色が埋もれていた。

「待っててもこないぞ」

 王女が口をとがらせた。

 分かっているが、この王女は待つしかできないのだろう。

 王子がふっと鼻で息を吐いた。

「お兄様が行ってやろう」

「見本を教えてやる」

 王女の手が王子の背を追ったが、王子は構わず貴族の集団に突っ込んでいった。

 


「……皆の者、長旅ご苦労だった」

 笑い声にかき消されぬように。王子は息を吸って声を張り上げた。

 周りの視線が一気に王子に移る。

 談笑も、密談も、波が引いたように止まる。


「わざわざ部屋まで来てもらうのも忍びないから」

「自分から出向いたさ」


 貴族らが続々と王子に頭を垂れた。

 お元気そうで何より。お久しぶりです殿下。お初にお目にかかります殿下。

 声が上がる度片手を上げ、短く返事をする。

 知った顔も、知らぬ顔もある。

 俺の挨拶はこれで良いだろう。宰相に文句を言われない程度の仕事はこなした。


「……ご足労いただきありがとうございます、王子殿下」

 集団の中からひときわ目立つ男が這い出てきた。

 目当てはお前だ、公爵。

「何、俺自身が会議に出るわけじゃないけどな。挨拶くらいはしないとな」

「ご立派にございます」

「……それに、お前に用もあってな」

「私に?」

 チラリと後ろを見やると、王女が周りに落ち着きなく視線を送りながら

 王子についてきていた。

 貴族が頭を下げる度、ごきげんよう。小さくあいさつを返している。

 

 王女が王子の背に追いついた時、王女の顔がようやっと綻んだ。

 視線は公爵を向いている。

「ごきげんよう、シエル殿下」

「……ごきげんよう、ルシ」

 貴族らの視線から逃れるように王子を盾にする王女。

 王子の肩越しに、公爵に話しかけている。

「今日の会議、いつ終わる?」

 悠長な王女だ。公爵さえ見つけてしまえばあとは周りの視線は目に入らぬらしい。

 先程から幾重もの視線が突き刺さるのを王子は感じているというのに。

 まっすぐ、一人だけを見つめている。

「そうですね……いつとは申し上げられないのですが、夕方まではかからぬでしょう」

「終わったらご挨拶に伺います」

 公爵の答えに満足したのか、王女が王子の背から離れ、公爵に寄った。

「じゃあ、待ってるね!」

 公爵はいつものように微笑んでいる。

 

 王子は、妙な居心地の悪さを覚えていた。

「…………」


 気づけば、周囲の話し声が止んでいた。

 まるで耳を凝らすかのように、貴族らが口を閉ざしている。


 王女の小さな声すらあたりに響いた。

 

 貴族の中の誰かが言った。

「おお、王女殿下と公爵閣下は仲睦まじいのですな」

 その一言を合図にしたように。

 何事もなかったかのように貴族らが会話を再開した。

 聞き慣れてしまった乾いた笑い声があたりに充満する。

 なんだろう。

 王子の背中に嫌な汗が流れた。

「……私をからかっておられる?」

 公爵が貴族を見やった。いつものように平然としている。

「とんでもない」

 両手を振って笑う貴族。


「……王女殿下が信を置いてくださっている、後見人として誇らしいことです」

 そして公爵の視線が王女に移った。

 公爵が軽く頷くと、王女もまたつられたように頷き返した。

 笑えていないのは、王子だけ。

 おかしいのは、王子の方なのだろうか。



 ◇

 

 

 波が押し寄せるような足音が近づいてくる。


 会議室の扉前にいた宰相が、その波がたどり着くのを待ち構えていた。

 上着を直すふりをして、胸を抑える。

 大会議場前に控えていた護衛騎士らの姿勢が、わずかに硬くなる。


 波の中心にいるのは薄笑いを浮かべた若き公爵。

 もはや見慣れた姿だと思っていたが、諸侯らを引き連れたその姿は、普段とはまた違う佇まいをしていた。


 幾人もが後ろに連なっているというのに、人の声一つ聞こえぬ。

 示し合わせたような静寂が作り出されていた。


 そして足音が宰相の前で鳴りやんだ。


「……お待ちしておりましたぞ、諸侯の皆々様」

 深々と会釈し、顔を上げると公爵の薄笑いが濃くなった。

「お出迎え頂き感謝いたします、宰相閣下」

「此度の会議でも有意義なお話ができるよう、我ら諸侯一同善処いたしましょう」

 さあ、この誠実そうな面がいつまで続くのか。


 宰相が視線を送ると、控えていた使用人が大会議室の扉に手をかけた。

 扉が重く軋む。


「……どうぞお入りください」


 公爵が会議室へ足を踏み入れ、連なっていた諸侯らが、それに続いた。

 宰相の視線が、一人一人を探る。

 

 王都へ流れる穀物の大半を握る西方領主ロッカス候。

 堅牢な砦で国境を護る東方辺境伯。

 国内最大鉱山を所有するデミテス侯。

 そして最後に姿を見せた長身は、国境防衛の要……北方領主アイゼングラード公。


 ……錚々たる面子だ。


「……全員、お揃いか」

 使用人が頷き、宰相が大きく息を吸った。

 今日も無傷ではおれぬだろう。


 そして最後の一人、宰相が会議室に足を踏み入れ、扉が閉じられた。


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