表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
55/68

第55話 もっといっぱい教えてね

「……ルシ、弟さんいたんだね」


 宮仕えの弟とすれ違ったのは偶然であった。

 久しく会っていない者であったが、王女と共にいる時に会えたのは都合が良かった。

 俯いていた王女に、弟だと告げると

 王女は急に背筋を伸ばし、弟に向けて笑顔を浮かべた。

「えっと……お兄さんにはお世話になっています!」

 どこで覚えたのか。

 先程まで俯いていた子が急にこれだ。

 公爵は思わず口元を抑えていた。


 弟が去って、王女は長いため息をついた。

 緊張していたのだろう。王女の肩が上がったり下がったりを繰り返している。

「ちゃんとご挨拶できたかな?」

「……ええ、とても。丁寧にご挨拶していただき感謝いたします」

「だって……ルシのご家族だもん……」

 握られた手の力が強まった。

 

「ご紹介が遅れてしまって申し訳ありません。私自身久しく会っていなかったものですから」

「紹介してくれたからいいよ」

 王女は機嫌よく繋いだ手を振ってくる。


「でもルシはお家に一人だって言ってたよ?」

「ええ、共に住んでいる家族はおりませんので」

「先ほど紹介した者は宮仕えですので、王都で暮らしております」

「そっか……」


 王女が急に手を引っぱった。

「……ルシ、猫ちゃんを見に行こう」

「……殿下、今日はやめませんか?」

「寒いですよ」

 秋の乾いた風が回廊を抜けていく。

 猫も住処で丸まっていることだろう。

「……だって猫ちゃんに会いたいもん」

「ルシが見てない子猫ちゃんもいる!」

「ルシが家族を紹介してくれたから、私も大事な子を紹介したい」


 今日の王女はご機嫌だ。

 公爵の手を引く王女を見つめ、公爵の瞳が細まった。

 ——元気であればいい。

 未だ公爵の脳裏には、あの日、縋り付いて泣く王女の姿が焼き付いて離れなかった。

 

  

 「ルー、ルー……おいで」

 王女が、庭の角にできた王女の背丈ほどの猫小屋の前で屈んだ。

 小屋へ顔を寄せ、猫の名を呼ぶ。

 ルー。王女はそう呼んでいる。

 名付けの理由を王女は公爵には頑なに教えない。

 そして公爵は知っている。王子はこの猫をエルと呼んでいることを。

 シエルのエルだ。いつだかに側近と話しているのを小耳に挟んだ。

 二人はたまに呼び名のことで無駄な言い争いをしていた。


 公爵も膝を折って小屋の中を覗き見た。

 微かに鳴き声が聞こえる。手のひらほどの大きさの子猫たちが、母猫の腹に集まっている。

 

「……殿下、そっとしておきましょう」

「うん」

 二人で並び、しばし猫の授乳を眺める。

 寒いのか王女が自身の腕を擦った。

「上着をお貸ししましょうか?」

「……ルシが寒いでしょ?」

「……いいえ」

 脱いで王女に上着を被せた。

 背丈の小さな王女は頭ごと上着に覆われる。

「ありがとう」

 上着が喋った。

 もぞもぞと上着から頭を出した王女が公爵を見やって顔を緩ませる。

「あったかいね、ルシの匂いがする」

「……でも、ルシの手また冷たくなっちゃうよ?」

 手どころではない。上着を失った身体に秋風が染みる。

「平気です、どうぞお使いください」

「えへへ、ありがとう」

「……じゃあ、ルシが可哀想だからわたしの手を貸してあげる」

 王女が公爵の手を握った。

 先程握られたときと同様、温かいままだ。

「シエル殿下はお優しい」

 はにかむ王女に釣られるように公爵の口元も緩んでいた。


 小屋の中で、親猫が小さく鳴いた。

「あ、ルーがあいさつしてくれた」

「殿下に懐いているんですね」

「ルー、今日はルシと一緒に来たの」


「……ルーは子だくさんだね」

「家族がいっぱいで素敵だね」

 猫相手には、饒舌な王女。

 こうして他者とも接することができたなら、王女は人ともうまくやれるだろうに。

 ——この子は、できない娘ではない。

 誰しもに、自身をさらけ出すわけではないだけだ。

  

「……ルシ……」

 王女がおもむろに口を開いた。

「ルシのお母様はどうしてるの?」

「……私の、ですか」

 公爵が目を丸くして王女を見やると、王女の紫水晶の瞳は、不思議そうに公爵の藍玉を見つめていた。

「……うん、お父様は亡くなったって聞いた。……弟さんは、いるんでしょ?」


「……そうですね……」

 弟の存在を知ったことで、他の家族も気になったらしい。


 王女が公爵を内に入れようとしてくれている。光栄なことだ。

 ——それに。

 隠すことでもない。

  

「……ご興味がおありなら、お話しても?」

 王女がゆっくりと頷いた。


「私は三人兄弟でして」

「先ほどの男は真ん中の弟です」

「末の弟は、母とともに別邸で暮らしております」

 

「お母様、どうして一緒に暮らしてないの?」

 王女が身を乗り出した。

 

「父が身体を壊し、母は看病のため末弟とともに別邸へ移りまして」

「その折に、私が家督を継ぎました」

「その後父が亡くなり、母も体調を崩しましてね」

「……そうなんだ」

「そのため母は別邸で静養を続けております」

 

 ——家督を継いだ翌年、王女の後見人を拝命した。

 家臣からは止められた。

 親類からも忠告の文が何度も届いた。

 

 ——だが私には必要なことだった。


「お母様……ルシじゃなくて弟さんと暮らしてるんだ」

 何故か王女が俯いた。

「わたしも、わたしが生まれてすぐにお母様亡くなっちゃったんだって」


 王妃は、王女が二つの頃に亡くなった。

 聞けば産後の肥立ちが悪く、王女と過ごせた時間はほとんどなく旅立ったという。

 王宮にある肖像画には、王と王妃と王子、三人が描かれている。

 彼らが健在だったのは、その時までだ。

 それ故、王宮には王女に複雑な思いを抱く者も少なくないと言う。

 ——王含め。


「ええ、存じております」

「ルシは一人で寂しくない?」

 王女の大きな瞳が憂いを帯びている。

 公爵は逡巡したが、答えに迷った。

 ——そう思ったことはない。

 だがそう答えたら、王女はどう受け取るだろうか。

 それが問題であった。


「……正直に申し上げますと」

「寂しいと思ったこと自体、あまり」

「ふうん」

 見やると王女が頬を膨らませていた。

 ほら、やはり拗ねた。

 だが何に拗ねているかぐらい、分かる。

 

「しかし殿下にはいつでもお会いしたいと思っていますよ」

「……本当?」

「ええ、偽りなく」

「今日のようにあなたに会えると、明日からもお仕事を頑張ろうと思えます」

 途端に王女が満面の笑みを浮かべた。

 そして満足したように何度も頷いた。

「わたしもいつでも会いたいよ!」


 王女の興奮した声に、小屋の中から猫がシャーッと威嚇した。

 王女がごめんね、小さく謝罪すると、猫が理解したように自身の毛を舐めて繕った。


 気づけば長く外にいる。

 上着を失った身体はだいぶ冷えている。


「……そろそろ戻りませんか」

「うん」 

「教えてくれてありがとう、ルシ」

「ルシのこと、今日はたくさん知れた」


「もっといっぱい教えてね」


 王女が公爵に小指を差し出した。

 久しぶりであった。

 王女の儀式だ。今より幼い頃、王女は指切りを好み、事あるごとに公爵と小指を繋ぎたがった。

 断る理由もない。

 愛らしい笑顔が待っている。


 公爵が空いた片方の手を差し出すと、王女が小指をすくい取って絡めた。

 慣れたものだ。もう何度となく行なっているのだから。


「ご家族もお友達もいっぱい紹介すること」

「お約束します」

「……ルシの大事な人は、わたしに紹介してね」

「……私の一番は、ルシだから」


 絡めた小指の力が強くなる。


「……光栄です」


 ——殿下。……シエル殿下。

 ——しかしあなたは。

 ——本当に私を知りたいのか。

 

 交流会編、完結です。ここまで読んでくださりありがとうございます。

 楽しんでいただけましたらブックマークや感想で応援いただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ