第4話 ご機嫌いかがですか
「ご機嫌いかがですか、王女殿下」
「……うん」
あの男がまた来た。
ここ最近、頻繁に王女の前へ現れる男だ。
中庭で絵本を読んでいた王女は、背後の男に振り向いた。
亜麻色の髪、深紅の上着、白いスラックス、革のブーツ。
――――――王子が来た。
王女はそう思った。
光に照らされた姿は、絵本の中の王子さまのようだった。
だから王女は、こっそりそう呼んでいる。
王女は男の名を覚えていなかった。
男の名は長すぎた。
そして覚える気もなかった。キリがないからだ。
亜麻色の男が寝そべる王女に膝をついた。
「……今日は天気が良いですね」
「…………」
「絵本を読んでおられたのですか」
「……うん」
よく話しかけてくる男だった。
しかし王女のほうは言葉少なげだ。
王女の望みはただひとつ。
――――早くいなくならないかな。
「本日、用向きがあって王宮入りしたのですが思ったより早く終わったので、お邪魔しました」
「あなたのお顔を拝見できれば、と思っていたので、良かったです」
……なんで?
王女は言葉を飲み込んだ。
男が膝立ちをやめ、王女の側に座り込んだ。
王女は男に見向きもせず、草むらに体を預けて絵本を読んでいた。
何度も読んでいる本だ。
ページの角は擦り切れている。
王女は読んでいるふりをしていた。
隣にいる男が王女に飽きて帰るまで。
「いつもその絵本を読んでおられますね、お好きなんですか」
王女が目を丸くした。
「…………好きじゃないよ」
王女はこの本をもう何度も読んでいる。
「ふむ、ではどうして読んでおられるんですか?」
「……そういえば、こちらのお庭にいらっしゃるのは珍しいですね」
男は去らない。
王女が小さな脚をぶらぶら動かす。
小首を傾げた後。
「……今日、お兄様、うるさかった」
「シエルのお部屋まで、うるさかった」
今日も王子の怒鳴り声が響いていた。
普段は遠くで聞こえるわめき声が、今日は王女の部屋の近くで鳴った。
だから手近にあった絵本を手に取り、うるさい空間から逃げただけだ。
王女は本当は今日、お絵描きがしたかった。
「……そうだったんですか、なるほど」
「王子殿下も御心の穏やかでないときはあるでしょうね」
男がうなづいている。
王女が絵本から顔を上げた。
「……?」
「……お兄様のとこ行ってないの?」
男が首を傾げた。
「……?王子殿下、ですか、いいえ」
「行ってない?なんで?」
みんな最初は王子のところへ行く。
王女は、そのついでだ。
だからこの男も、そうなのだと思っていた。
男が王女を向く。
「用向きが終わって、まっすぐこちらに向かったので……」
「……あなたにお会いしたかったと、先ほど」
王女がとっさに絵本で顔を隠した。
男が王女に微笑んでいたからだ。
「ふうん」
「……そうなんだ」
「ええ」
王女が絵本の隙間から男を見た。
ああ、やはり絵本の中の王子さまとそっくり。
「その絵本、好きではないなら別の遊びをいたしませんか」
「え?」
「あなたのお時間を、私にいただけませんか」
「……なに、するの」
「そうですね……王女殿下のお気の向くまま」
「殿下のしたいことを」
「………………」
絵本の中の王子さまみたいな顔で、男が笑っている。
王女は言葉に詰まった。
男と、遊びたいわけではない。
だが。
「……お絵かきがしたい」




