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第48話 素敵なお姉さん

 今日も色とりどりのドレスが広間を埋めていた。

 笑い声とお菓子の匂いが混ざり合う。


 王女にとって社交は苦痛であった。

 自らを差し出す場所。王女は社交をそう認識していた。

 だが最近は、以前ほど息苦しくはなくなっていた。


 公爵の真似をしている間だけは、不思議と息がしやすかった。

 言葉をなぞるたび、亜麻色の人が傍にいる気がしたのだ。

 王女は今日も目の前の令嬢に微笑みかけた。

「――あなたの瞳、素敵な色だね」


 これで交流会を乗り切れる。

 そう思えるようになってからは公爵がいない場にも耐えられるようになっていた。



 会場の中心、シャンデリアに照らされた騒がしい集団があった。

 今日も王子の周りは令嬢で賑わっていた。

 王女は横目で王子を見やる。

 王子が妙なことを口走るたび、令嬢たちは黄色い声を上げた。

 交流会で見る兄は王女にとって奇妙な姿をしていた。

 

 王子の笑い声は、王女にとっていつも不快であった。

 同年代の側近と騒ぎ立て、その笑い声は王女の部屋にまで届いた。

 王子はいつも、そうやって王女の空間を侵食した。

 普段の王子はそうであった。

 だが、今王女の目に映る王子は。

 

 指を口元に置き、王子が令嬢たちに向かって小さく笑いかけた。

 誰かを思い出しかけて、王女は眉をひそめた。

 王女が首をかしげると、背後で声がした。


「王女殿下、僕とお話して頂けませんか」

 ――またやってきた。

 姿を捉える前から王女の眉間にしわが寄る。

 振り向くと、そこに少年が立っていた。

 王子より少し背の高い令息だ。

 恭しく礼をしている。

 王女が少年をジッと見つめた。

 上等な赤い上着に白いスラックス、琥珀の瞳に黄褐色の髪。

「はじめまして、――侯爵家次男の――と申します」

 どうぞお見知りおきを。

 最近、王女の周りにこの令息がうろつき始めていた。

 兄とはまた違う奇妙な男。

 王女の目下の敵は、それであった。

 

 王女は眉を顰めた。

「王女殿下は本がお好きだと聞きます」

「僕も読書は好きなのですが、どういったものがお好きですか?」

「……わたしは、色々な本が好き」

「殿下は沢山の本を読まれる方なんですね」

「…………」

 令息が次に口を開く前に、王女が矢継ぎ早に言った。

「あなたの胸元の装飾、素敵だね」

 王女が微笑む。

 令息が自分の胸元を確認し、同じように微笑んだ。

「そうでしょうか、お褒め頂き光栄です」

「殿下はいつもそのバレッタをお付けになっておられますね」

「大事なものですか?」

「…………」

 公爵の模倣には限界があった。

 王女自身に関心を持つ者には、通じないのだ。

 王女の身体が強張った。


 この令息は。

 決まって公爵が傍にいない日に現れた。


「……大事だよ」

「大事な人が誕生日にくれたものだから」

 王女がバレッタに触れた。

 指先に触れる感触だけが、王女を落ち着かせる。

 

 ここから先を、王女は知らない。



 交流会が終わる頃には夕刻であった。

 王子と二人、馬車に乗り込む。

 乗り込んだ瞬間、兄妹はほぼ同時に息を吐いた。

 王子が向かいの座席に盛大に倒れ込んだ。


 いつも騒がしい王子は、言葉少なだ。

 王女が王子の真似をして座席に寝転んだ。

 

「…………」

「…………」

 沈黙が広がっている。


「シエル疲れたか」

「うん」

「俺も疲れたんだ」

 王女は思った。そうだろう。

 交流会で見る王子は変だ。


 向かいに座った王女がつぶやいた。

「……お兄様、いつもと違うもん」

「違うに決まっているだろ」

 王子が鬱陶しげに靴を脱いだ。

「令嬢方はああいうのが好きだ」

 王女は首を傾げた。

 自らに集う令嬢のために王子は妙な演技をしていると言う。

「お兄様は好きじゃない?」

「ああ」

「……好きじゃないのにどうしてやるの?」

 王子が王女をチラリと見やり、そして言葉を探すように唸った。

「……最初は楽しかったから」

 

 王子の言うことは、王女にはよく分からなかった。

 もう楽しくないなら、やめればいいのに。



 交流会も数を重ねれば慣れもする。

 王女は少しだけ場数を踏んでいた。

 初回に比べれば王女に集う子女は減っていた。

 それは王女にとって都合の良いことであった。

 相手をじっくり見られるからだ。

 

「殿下はどんな物語がお好きですか?」

「……わたしは童話が好き」

「私は詩集が好きです」

 聞かれることは大体決まっていた。

 王女は困らぬように答えを用意することにした。

 王女が少し差し出せば、相手も自分を差し出してくる。

 そこが王女の狙い目だった。

「詩集……素敵な趣味だね」

 ふわりと微笑んで相手を見つめる。

「あなたも書くの?」

 そうすれば王女は自分を暴かれずに済んだ。

 妙な令息以外、王女は交流会を乗り切るすべを覚えてきていた。


 そしてやはり公爵が同行したときだけ、令息は現れなかった。


 

「交流会にはだいぶ慣れて来られたようですね」

「うん」

「楽しいお話はできましたか?」

「……うん」

「それは良かった」

 隣の公爵の足取りはゆっくりだ。

 王女の歩幅に合わせてくれる。王女は小走りにならなくていい。


「仲良くなれそうな子はいましたか?」

 王女は公爵を見上げた。

「うーん……」

「まだわからないや」

「……そう、ゆっくり仲良くなればいいですよ」


 夕陽に照らされた石畳の先で、馬車が静かに待っていた。

 どれだけゆっくり歩いても、馬車は近づいてくる。

 馬車に乗ると、公爵とはお別れの時間だ。

「…………」

 くい、と。王女が公爵の上着を引っ張った。

 だが、公爵の反応がない。

「……?」

 もう二回、王女は公爵の上着を引っ張った。

「…………?」

 なおも、公爵の反応はない。

「……疲れましたか?」

 見上げる公爵の顔は、逆光で見えない。

「……疲れたよ、ルシ」

 焦れた王女が両手を上げて公爵に訴える。

 いつもなら、公爵は。


「……シエル殿下は大きくなってこられましたからね……」

 公爵は今どんな顔をしている?

 王女が公爵の手を取った。

 

「ルシ」

 ――ルシだよね?

 返事をしてほしい。

 

 公爵がゆっくりと膝を折った。

 やっと顔が見えた。

 長いまつ毛がよく見える。

 

「……馬車までもう少しですよ」

「少しだけ頑張って歩いてみましょうか」

「シエル殿下は素敵なお姉さんですから」

 

 公爵は、いつものように微笑んでいた。

 

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