第47話 うっとうしい男
昼時の中庭。
ゼトは木製のベンチに腰掛け、昼食のサンドイッチを頬張っていた。
「それでさ、婚約者とかいう男が俺に文句を言いにやってきたんだが」
「令嬢は俺と話したいって離れてくれない」
「一人に笑いかけただけで周りが騒ぎ出すんだ」
隣では、王子がやけに機嫌よく喋っている。
「シエルに怒られたよ、うるさいって」
得意げに語る濡羽色を、三白眼が横目で見ている。
口に含んだパンは、砂を噛むように味がしなかった。
隣の王子の話は、まだ終わらない。
通りがかった侍女たちと目が合い、王子が手を振った。
侍女も少しためらい、手を振り返した。
ゼトは遠い目をして昼食を腹に詰め込んだ。
「最近ゼトはどうだ?」
ひとしきり喋って満足したのか、王子がやっと横に目を向けた。
ゼトはもう食べ終えている。
対して王子の両手には手つかずのサンドイッチがあった。
「俺は特に変わらねえ。――伯爵ンとこの息子と初めて話したぐらいだ」
「ふうん、令息か」
そこに含みを感じ、ゼトがバンダナで目元を隠した。
「――俺はさ」
また始まった。ゼトが歯を剥いた。
ここのところ王子は交流会の話しかしない。
令嬢がどうの、黄色い声がどうの。
妙な手管を覚えてから様子がおかしい。
「困ってることがあるんだ」
「令嬢の好む話題を探しているんだが」
「俺はそういうのに疎い」
「ああ?」
ドスの利いた声が出た。
これは己の声なのか、ゼトはしばし困惑した。
しかし寝ぼけた王子は気づかない。
「……やはり、教養が大事なんじゃないかと思い始めてな」
「少し文化に触れてみようかと」
――令嬢との話題作りのために文化を学ぶ。ダサい男だ。
「……何がいいと思う」
「知らねえ」
「お前は本をよく読むだろう、俺より教養はあるはずだ」
王子が詰め寄ってきた。
「……俺は面白いから本を見てるだけだ」
「王子殿下の教養の足しになるような知識は俺にはないねえ」
「おいゼト、真面目に相談に乗れよ」
こんなどうでもいい話は切り上げて早く飯を食え。
「顔だけの男ではないと証明したいんだ」
付き合ってられん。ゼトは頭を振った。
「クソみたいなモテ自慢してくんな」
立ち上がり、ゼトは唾を吐き捨てた。
「親父にでも聞けば」
親父も困れ。
俺はお手上げだ。
◇
「――腕が下がっている者がいるぞ、もう疲れたか、ここが戦場であればお前は敵に斬られている!」
訓練場では、騎士たちの剣戟が激しく打ち鳴らされている。
土埃の舞う中央で、騎士団長が騎士たちに怒声を飛ばしている。
活を入れる騎士団長の視界に小さな濡羽色が映り、
肩を震わせた。
「うおっ、エリオス殿下」
いつ側に来ていたのか。
王子の頭が騎士団長の脇から見えた。
騎士団長を見上げている。
「なあ騎士団長、ゼトが相談に乗ってくれないんだ」
「…………」
騎士団長は、チラリと騎士たちを見た。
王子には見えていないのだろうか。
「……エリオス殿下?見て分かるでしょう、今訓練中なのですよ」
騎士団長が、打ち合う騎士たちを指した。
「知っているが……」
「俺のほうが大事だろう」
騎士団長は言葉を失った。
「ゼトもお前に言えと」
ゼトめ!父親を犠牲にしおった。
脳裏に小憎らしい姿が映り、騎士団長は歯ぎしりした。
「だったらお前でいいかと思って」
「お前でいいか!?」
脳裏の小憎らしい姿が二人に増えた。
騎士団長が目を丸くしたが、王子は構わず続ける。
「交流会のことで困ってることがある」
「令嬢との話題作りに役立てようと文化を学ぼうと思うんだが」
王子の目は真剣だ。
だが今聞くことではない。
騎士団長が同行したときの王子は輝いていた。
たくさんの子女に囲まれ、積極的に話しかけていた。
騎士団長はそこに王族としての資質を見たものだ。
意欲は良い。だが。
「……私が今言えることとしたら……」
「聞く相手を間違っている、と言うことです」
「そういったことは宰相閣下にでも相談してください」
騎士団長がシッシッと王子を追い払う。
そして騎士たちに向き直った。
「たらい回しじゃないか!」
「……なんだよどいつもこいつも!俺の相談に乗ってくれない!」
横目で見ると、王子が地を蹴っていた。
……あとは頼みます、宰相閣下。
◇
ドンドンドンドンドン!
うるさい小童が来た。
宰相は机に突っ伏した。
無視を決め込もうと一瞬考え、
ドア前で聞こえる「宰相いるか?」「居られますよ」の問答を聞いて無駄を悟った。
「……いくつになっても直らぬな」
「殿下、ノックは二回でいいと言っておるだろう」
ドアから王子が飛び出してきた。
「まったくどいつもこいつも頼りにならん奴らだ」
「いいか宰相、お前は俺をたらい回しにするなよ」
「俺を王太子と心得ろ」
礼儀も守れぬのに自尊心だけはご立派だ。
「……なんの御用か王太子殿下」
「あいにく、あなたとお話している時間はないのだが」
宰相は机に乗った紙の束を叩いた。
「どいつもこいつも俺を邪険にしてくれる……」
王子がふん、と鼻を鳴らして執務室のソファに飛び乗った。
居座る気だ。
「……なんの御用か」
「お前の部屋には良い調度品がたくさんあるな」
物の善し悪しなどまだ分からぬくせに適当なことを言う。
執務室には書類の山が積み上がり、その隙間を埋めるように調度品が並べられている。
絵画、壺、船の模型。
「……お前の趣味か?」
「ほぼ頂き物です。来客によって変えますよ」
「ふうん」
王子が徐に立ち上がり、部屋の周囲を見回り出した。
「……船の模型は、お前の趣味だろ?」
書類をめくる手が止まった。
「何故そう思われる」
「……うーん」
王子が模型に近づき、箱の周囲をうろつき出した。
「なんとなく?」
「……なんだ殿下、感覚か」
「この辺とか、前見たときと違うんじゃないか?」
王子が船の先端を指した。
「お前こういうチマチマした作業好きそうだしな」
王子が年相応に無邪気な顔をして笑った。
宰相がフ……と笑い、書類を置いた。
「よく見て居られるではないか」
そして席を立ち、王子の側に寄った。
「……昔よく、陛下と船で出かけましてな」
「ふうん、父上と」
途端に王子の目が柔らかくなった。
陳列棚の硝子に王子の手あとが付く。
「……して何用だったのだ、殿下」
「お前はこういう芸術に造詣が深そうだと思ってな」
「なんか簡単に始められるものを教えてくれよ」
「ゼトもだめ、騎士団長もだめ、たらい回しにされてお前に聞きに来たわけだ」
「付け焼き刃は却ってよくないぞ殿下」
「……あなたはもう、十分武器をお持ちだ」
「武器?」
「左様」
王子がしばし考え込み。
「顔か?」
宰相が王子の腕を叩いた。




