第46話 公爵流社交術
「今日はいつもと違うリボンを付けているんですね」
「素敵ですよ」
白金色の頭には、いつもと違う白いフリル付きのリボンが飾られている。
公爵の言葉に王女が瞳を輝かせた。
「分かってくれた?」
「……ええ、もちろん」
そしてそれを横目に王子がつぶやく。
「俺だって気づいてただろ」
交流会の会場の外で公爵が待っていた。
先日ずっと腕に抱き締めていたぬいぐるみは今日は王女の自室で留守番だ。
王女は公爵の片腕に抱きついた。
「本日は近くにおりますので、何かあればお呼びください」
「お前……それ言うとこいつはずっとお前に張り付くんじゃないのか?」
公爵に引っ付いている王女を指差す王子。
「今日の目的は同年代との交流です」
「……シエル殿下はそれをよく分かっておられますよ」
「ねえ、シエル殿下」
王女が気まずそうにすっと目をそらした。
「まあ精々妹の監視を頼む……俺はご令嬢の相手に忙しいからな」
「こいつに構っている暇がなくてな」
王子が大仰な仕草で前髪をかき上げた。
「……嫌なお兄様……」
「さて参りましょうか、交流会はもう始まっております」
「皆さんお二方をお待ちですよ」
わたしのことは待たなくていい。待っている子も居ないだろう。
王女は小さくため息をついた。
だが。
王女は公爵を見上げた。
――今日はこの人がいる。
この間とは、違う気がしていた。
公爵が自身に抱きつく王女の腕に軽く触れた。
「シエル殿下、殿下はそろそろお姉さんになられますからね」
「……会場までもう少しです。お一人で歩いてみましょうか」
そっと腕を外された。
公爵の視線が、会場前に控える保護者たちへ流れた。
保護者たちもまた、王女たちを見ている。
「……?」
するりと支えが消えた。
公爵はいつもと変わらぬ顔で笑っていた。
「そうだ、もうお姉さんなんだろ?」
隣で王子が好き勝手言っている。
”お姉さん”だって。
支えを失った王女は、誤魔化すように自身のスカートを握った。
会場に入ると、すぐに視線が集まった。
王子はすぐに複数の子らに囲まれた。
王女の側にも同様に子らが集い、王女は公爵の背に隠れそうになった。
だが、それを阻むように公爵がそっと王女の背に触れた。
「大丈夫、すぐ後ろにおりますから」
肩の力が抜けた気がした。
触れられた背が熱い。
「私や王子殿下とおしゃべりしてる時を思い出してみましょう」
「何も怖くないでしょう?」
王女は小さく頷いた。そして一歩、子どもたちに踏み出した。
「王女殿下、今日ぬいぐるみ持ってきてないんだね」
まず聞かれたのはそれだった。
前回も居た子らしい。王女は覚えていない。
「どうして?」
見られていた。
それにどうも居心地が悪い。
ああ、けれど公爵が見ている。
「……今日は大丈夫だから」
「なんで?」
目の前の子がなおも言い募る。
王女が眉を顰めた。
己の中に手を伸ばされているような、不快感がこみ上げる。
「大丈夫だから」
目の前の子は首を傾げている。
うまく行かない。
背後の公爵をチラリと見やる。
大人たちとは別の場所、王女と近い位置で公爵が見守っている。
――交流会、なんて嫌な行事なのだろう。
これを定期的に行うと知らされた時、王女は言葉が出なかった。
前回、はじめての交流会に公爵が来られないと知った時、王女は目の前が真っ暗になった。
――けれど今日はいる。
あの亜麻色を探さなくていい。
それだけで王女は落ち着いた。
――ルシは、いつも笑っている。
大人と話す公爵が脳裏によぎった。
公爵は笑っていた。
公爵の側にいる大人たちも笑っていた。
公爵に話しかけられた大人が、頬を染めていた。
――――私のことを、覚えてくださっていますの?
公爵が笑いかけていた。
――――ええ印象的でしたので。先日の装飾もお似合いでしたが
――――今日お付けになっている紅玉も素敵ですよ。
――――皆さんお綺麗ですから忘れられるはずもなく。
記憶の中の公爵は、いつも笑っている。
王女は笑みを浮かべた。
——こうすると、いいんでしょう。
目の前の子を、じっと見つめる。
くるくるした栗毛を二本結びにしている。青い瞳、鼻筋にそばかすが散っている。
緑色のワンピース。胸元に、花が縫われている。
「…………」
「……あなたのワンピース、素敵だね」
「え?」
「お花が縫われてる」
栗毛の子の頬が染まった。
「これ、ママが縫ってくれたの」
嬉しそうに花柄に触れている。
「素敵なママだね」
「今日……ママも来てるの?」
栗毛の子が頷き、大人たちの方を指さした。
「あれが、ママ!」
後方で、目の前の子と同じ栗毛が揺れていた。
「……ママ、あなたと同じ髪色」
また栗毛の子が笑った。
嬉しそうに、髪が揺れる。
王女も口角が上がった。
うまくできたよ。
振り向くと、公爵が微笑んでいた。




