第45話 鼻高々
会場に向かう馬車。向かいに座る王女は、先日と違い上機嫌に見えた。
足をぶらぶらさせて窓の外を眺めている。
今日は、髪留めのリボンもいつもと違う。
「今日はやけに機嫌がいいな」
「……公爵が来るから上機嫌か?」
王女の視線が窓から王子に向く。
「だからおめかししてる?」
王女の目が細まってまた窓を見やった。
「無視するなよ」
王子が王女の横に座り込んだ。
王女の鬱陶しそうな目が王子に刺さる。
「違うもん」
何が違うものか。
そんなに嬉しそうな顔をして。
今日も色とりどりのドレスが、王子の目の前に集った。
どの令嬢もドレスに負けず愛らしい。
赤いドレスの子が王子に問いかける。
「王子殿下、最近都では絵画が流行っているそうなんですよ」
「殿下は知っておられますか?」
分からない。だが王子には先日得た術があった。
「……俺はそういったものに疎くてな、だが興味はある」
「君が教えてくれないか?」
胡散臭い亜麻色を思い浮かべ、令嬢の前で笑みを作った。
濡羽色の髪がさらりと揺れた。
燃えるような赤の瞳が細められる。
「まあ……!」
令嬢が甘いため息を漏らした。
次の瞬間、令嬢の口から矢継ぎ早に言葉が飛び出した。
「伯爵家が支援している画家が――」
「先日の個展が素晴らしくて――」
「今度また展示会が――」
分からない。
何一つ分からない。
王子には分からない単語の羅列だ。
だが問題はない。
ニコっ。捲し立てる令嬢にひとつ微笑むと、人だかりから黄色い声が上がった。
自身に向けられるこの熱い視線は、悪くない。
次に王子の目に入ったのは、少し輪から外れた令嬢であった。
ゆるやかな銀髪の令嬢だった。
周りを見渡し、心細げに胸元で両手を結んでいる。
その様が、どこか誰かさんを彷彿とさせた。
「ご令嬢」
気づいたら声を掛けていた。
「王子殿下?」
「どうされたのかな?お困りごとでも?」
恭しく礼をする。そして微笑んで令嬢を見つめる。
完璧だ。どこからどう見ても理想の王子。令嬢の頬が朱色に染まる。
令嬢が、少々悩んだ後、王子に寄った。
「友人が見当たらなくて……探していたんです」
「ならば見つかるまで俺とお話するのはどうだろう?」
「俺は君を飽きさせないよ」
周りで黄色い声が上がった。
「ええ殿下……私で良ければ……」
「こちらで話そう、君はどんな話が好きだい?」
ハンサムは世を救う。
次の社交界の花形は、俺だ。
「殿下はその燃えるような美しい瞳が素敵です……」
「君こそその柔らかい髪が美しいよ」
王子が令嬢の髪に触れた。
その時。
「フレイヤ!」
王子の前に、令息が仁王立ちしていた。
令嬢が王子から身を引いた。
「……あらアレク」
「知り合いかい?」
「王子殿下、酷いんじゃないですか」
令息が王子に詰め寄った。
その顔は憤怒に満ちている。
「人の婚約者に手を出すんですか!」
「婚約者……?」
銀髪の令嬢が自身の頬に手を当て、言った。
「探していた……婚約者ですの」
「君……友人と言っただろう」
「だって……つい……」
銀髪の令嬢がまた頬を染めた。
「殿下……アレクは放っておいて私と……」
「フレイヤ!」
予想外の修羅場だ。
こんな展開は想定していない。王子の笑みが引きつった。
どうする、こんなとき社交界の花形はどうすればいい。
「……王子殿下」
振り向けば、公爵が苦い顔で立っていた。
「いやすまないな公爵、ご令嬢が俺の気を引きたいあまりに嘘をついたようでな……」
「……しかしまあ、助かったとでも言っておこうか」
会場の外、人目の少ない日陰のベンチに王子と王女は腰掛けていた。
目の前には公爵が。
王女は焼き菓子を食べている。
「………………」
目の前の公爵は何も言わぬ。
ただ苦い顔をしたままだ。
「ご令嬢というのは奥深いな」
「俺も芸術に触れないといけないかもしれない」
「……ご令嬢がそれを求めているからな」
「やれやれ、王太子って大変だな」
王子が前髪を耳にかける。芝居がかったような仕草だ。
公爵はまだ何も言わぬ。
隣で焼き菓子を食べていた王女の手がふと止まり、
何を思ったか王子の口に焼き菓子を突っ込んだ。
「……お兄さま、口閉じて」
「ふぁ?」
見やった王女は少し目が三角になっていた。
「王子殿下……疲れませんか」
やっと口を開いた公爵の第一声はそれだった。
なんのことだ。
お前は疲れるのか?王子は首を傾げた。
「お兄様、うるさかったよ」
「うるさい……?ああ、ご令嬢方はずいぶん騒いでいたからな」
「お前の邪魔になったか、すまないな」
「お兄様がだよ」
王女が追撃した。
「……顔がいいと教養も求められる……大変なんだ」
公爵が急にむせた。
「王子殿下……あなたが令嬢の心を射止めるのは至極当然のことなのですが」
「分かってるじゃないか?」
王子が自身の跳ねた横髪を指で弾いた。
「しかし……令嬢の髪に触れるのはよくないのでは?」
「……よくないのか」
公爵はずっと表情が変わらない。
何やら言いたいことを我慢している顔だ。
「あれは……交際している者同士の距離です」
王子はため息をついた。
「あれってダメだったのか……」
「公爵……お前の真似もむずかしいな」
「私……?」
公爵が目を丸くした。
「私の真似をされていたんですか……?」
公爵が力なく壁にもたれた。
「……アレが……?」
片手で顔を覆っている。
「ルシあんなんじゃないもん」
王女がまた王子の口に焼き菓子を突っ込んだ。
何を驚いている公爵。
どうした?社交界の花形の座を奪われるのが怖いのか?




