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第43話 交流会

 濡羽色のくせ毛がぴょんと跳ねる。

 白金色の髪と青いリボンが揺れる。


 王子と王女、二人の歩幅がゆっくりと重なる。

 だが、王女の足取りは重く、王子がそれに足並みを揃えて歩く。


「……そのぬいぐるみ、持っていくのか?」

「だって今日ルシ来ないもん……」

 王女が手元のぬいぐるみを大事そうに抱きしめた。

「交流会にまで持っていったら笑われるぞお前」

「笑うのお兄様だけだもん」


 城門前で、言い争う兄妹。

 城門前に華美な馬車が停められている。

 出立に備え、騎士たちも愛馬の前で待機している。

 王子と王女を待っている。

 馬車前に、茶髪の少年の姿があった。

「エリオス、姫様、待ってたぜ」

「親父は今馬取りに行ってる」

「遅くなって悪い。こいつがいつまでも行きたくないってゴネるから」

「……先に行けばいいのに」

 王女が忌々しそうに王子を見やった。


「姫様は初めてでしたっけ、交流会」

「うん」

「大丈夫、交流会は楽しい場所だ。心配しなくてもいいぜ」

「…………」

 王女が口を開いたとき、使用人が小走りでやってきた。

「両殿下、馬車にお乗りください」

 視線は手元の懐中時計にある。

「時間がございません」

 使用人に背中を押され、三人ともが馬車に詰め込まれる。

 

 向かう先は若年交流会の会場。

 そこに貴族の子女らが待っている。


 

 会場には子どもたちの笑い声が満ちていた。

 王子の周りも賑わいを見せている。

 会場の隅には護衛として騎士団長が控えていた。

 腕を組み、子どもたちの様子を見守っている。

 

「……王子殿下はどんなことがお好きですか?」

 ある令嬢が聞く。

「俺か?俺は最近騎士団長に剣を習っているんだ。訓練続きで腕も足も痛い」

「殿下は努力家でらっしゃるのね」

「君は?どんなことが好きだ?」

「……私は……音楽鑑賞をよくします」

「殿下は知っておられますか?最近都に――――という音楽家が来国しているんです」

「…………」

 王子が口を閉ざした。――――分からない。

「いや存じないが、君が言うなら素晴らしい音楽家なんだろう」

「……良い趣味だ」

 王子が眉を顰めた。

 王子は芸術にさほど興味がない。

 子らは次々話しかけてくるが、王子は話題に窮する。

 周りを見渡すと、ゼトは馴染みの令息と談笑しており、

 王女は――――――王子と同様、子らに囲まれていた。

どちらも呼べる状況ではない。


 王子はふと、公爵の胡散臭い笑みを思い出した。

 ――――技は不要です。

 ――――黙って微笑んでいるだけでも、皆は自ら話題を提供しますよ。


 ダメだったら承知しないぞ、公爵。

 

 王子の紅玉が、目の前にいた令嬢を捉える。

 目を細め、首を傾ける。

 王子の艶やかな濡羽色の前髪が揺れた。


「……あっ」

 見つめられた令嬢が頬を染め、目線をそらした。

 そして間髪入れずに王子に身を寄せた。

「あの、王子殿下」

「私、あなたのことがもっと知りたいです……」

「王宮では、どんなお勉強をなさるんですか?」

「私も知りたいです」

 令嬢が、王子の側に寄り集まる。


「殿下はどんな本を読まれるのですか?」

「本?そうだな……」

 王子が一瞬考え、そして胡散臭い面を思い浮かべた。

 王子がにこりと笑む。

「君は?」

「えっ」

 紅玉が、令嬢の瞳を見つめている。

 引き寄せられるように、令嬢が言葉を紡いでいた。

「私は詩集を――」

 王子は見えぬように拳を握りしめた。

 

 ――褒めてやろう公爵。たまには役に立つじゃないか。

 

 

 王女は、会場に来てからずっと視線が定まらずにいた。

 目が大人たちを探り、居るはずのない亜麻色を探す。

 そして我に返り、ぬいぐるみに目を落とす。その繰り返しだ。

 素敵なお姉さん。王女は不安を払うようにそう念じた。

 

「お話しましょう、王女殿下」

 子らが話しかけてくる度、王女の肩が跳ねる。

「私、――――家の――――です」

「――――と申します、どうぞお見知りおきを」

 ぬいぐるみを抱く腕が強まる。

「……うん、よろしくね」

 王女は曖昧に目を細めた。

「お母様が王女殿下のこと可愛いって言っていました」

「あそこにいるのが私の母です」

 令嬢が見守る大人の中の一人を指した。

 

 壁際では大人たちが談笑していた。

 子らの様子を見守り、ときおりその視線が王女へ向く。

 

 王女はそちらを向かなかった。

「そうなんだ、ありがとう」

 会話は続かない。

 王女がそうしようとしていない。

 困った令嬢が王女の抱えるものに目を落とした。

「……そのぬいぐるみ、ずっと抱いてらっしゃいますね」

 令嬢の言葉に王女の身体がまたも強張った。

 返す言葉を王女は持たない。

 ぬいぐるみごと、自分の内側へ触れられた気がした。

「……大事だから」

 そして王女はそのまま押し黙った。

 

 その令嬢が二度、王女に声をかけることはなかった。


 また、別の令嬢が王女に話しかける。

「殿下は何がお好きなんですか?」

 問われた瞬間、ぬいぐるみを抱く腕に力が入った。

 好きなものを聞かれるのは、どうにも落ち着かない。

 自分の中を覗き込まれているようで。

「……本を読んだり、お人形で遊んだり」

「私も読書は好きです、どんな本を読んでらっしゃるの?」

「……い、色々」

「色々……ですか、私は、恋愛小説が好きです」

「そうなんだ」

「わたしは――――」

 言いかけた王女の口が閉ざされた。

 王女の視界に、亜麻色が映った。

 ハッと立ち上がる。

 だがそこにいたのは公爵ではなく、よく似た髪色の令息だった。

「…………」

 目の前の令嬢が急に立ち上がった王女に目を丸くする。

「で、殿下?」

「……なんでもない」


 それからは誰が話しかけても、王女はずっと気もそぞろであった。


 王女はこの時間が過ぎることを祈るばかりであった。

 これ以上、自分の内側へ入ってこられぬようにと。

 

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