第42話 王子と王女と公爵
王宮の庭園に、子供の高い声が響いた。
「シエル、交流会は楽しい場所だぞ」
「何せたくさんの令息、令嬢が俺のもとに集う。そして俺の奪い合いだ」
王子が皿の菓子に手を付ける。
焼き菓子がカリッと小気味良い音を立てた。
「みんな俺と話したがるからな、順番待ちまで出来る」
次に王子はティーカップに口をつけた。
王女が王子を半眼で見ている。
「……楽しくなさそう」
王女は両手で持ったカップを見下ろしている。
先程から中身が減っていない。
「楽しいって!行けばわかる、お前もきっと色んな子と仲良くなれるよ」
「……なかよく……」
それを公爵が静かに眺めている。
王女と公爵のお茶会に王子が乱入してからずっとこの調子であった。
王女は交流会の話題を嫌がっていた。
「ルシ、交流会来られないの?」
「申し訳ありません……公務が重なっており……」
紫水晶の瞳が揺れる。
「ルシが来ないとどうしていいかわからないよ……」
「王子殿下がいらっしゃいますよ、よりよい見本となってくださるでしょう」
「そうだ、お兄様を見てればいいんだ」
王子が胸を張った。
王女は納得がいかない。
「……騎士団長は来るって言ってるよ……」
王女が横目で王子を見やった。
騎士団長の名を聞き、お菓子を貪っていた王子が追撃した。
「そうだ、こんな奴より騎士団長の方がよほど頼れるぞ」
「どんな悪漢が来ても一網打尽だ」
まるで自分事のように語り始めた王子。
王女は公爵を見つめ続けている。
「……騎士団長は、来るよ?」
ルシは?
食い下がる王女。
王女は席を立つと、公爵の隣へ歩み寄った。
騎士団長は来る。公爵はわずかに視線をそらした。
沈黙が流れる。
返答を待つように見つめ続ける王女。
王女の頭を撫でかけた公爵の手が寸前で止まり、そのまま降ろされた。
「……」
「……殿下、私も同行したいのですが、諸侯の集まりがあるのです。どうしても難しい」
「はじめてのことです、ご不安はわかります……しかし」
「今後こういった行事は増えます。避けては通れぬものですので、少しだけ我慢しましょう?」
王女は俯いたまま黙り込んだ。
そこに公爵のダメ押し。
「……大丈夫、交流会は怖い場所ではありません」
「シエル殿下は読書やお絵かきがお好きな勤勉な方でしょう?」
「同じようにそういった遊びが好きな子たちも交流会には来ますよ」
今度は王女が考え込む番であった。
しばしの間を置き、王女の頭が傾いた。
「……仲良くなれるかな」
「ええ、きっと大丈夫」
「シエル殿下は素敵なお姉さんですから」
その言葉を聞き、ピクリと反応したのは王女だ。
「すてきなおねえさん?」
「ええ」
「ですからきっと、あなたとお話したい子たちがたくさん現れますよ」
王女が口元で小さく「素敵なお姉さん」と繰り返した。
俯いた顔は見えない。
次に王女が公爵を見上げたとき、王女は笑んでいた。
「……頑張るよ」
そう言って小さく頷いた。それに応えるように公爵も頷く。
王女が小指を公爵に差し出しかけた。
いつもの儀式。
それを断ち切ったのは王子だ。
「お前頑張るとか言いながらどうせ公爵に泣きつくだろう」
王女が目を吊り上げた。
開かれた指を握り込み、王子を睨めつける。
「泣きつかないもん!」
王子は空になったティーカップの持ち手を指先で回して遊んでいる。
そして茶化すように笑った。
「……俺は泣きつく方に賭ける」
「わたしは素敵なお姉さんだもん!」
王女の顔が真っ赤になっている。今にも王子に詰め寄りそうだ。
公爵が王女の背を撫でて落ち着かせる。
「……そう興奮なさらず、お茶の席ですよ」
「だって!」
王女が王子を指さす。
公爵が見やると王子は頭の上に指を立てツノを作っていた。
嫌な兄だ。
「王子殿下、あまり女性を揶揄するのは良くありません」
「殿下は王太子なのですから、礼節も身につけねば」
王子が王女を指さした。
「お前ほんとにコイツが交流会で友達作れると思ってるのか!」
「俺はお前に泣きつく方に賭ける!」
そして王子の指が公爵に移動した。
「お前はどっちに賭ける!?」
「……か、賭けません……」
王子は悪い遊びを覚えたらしい。
公爵の答えに、つまらないやつ!そう王子が吐き捨てた。
公爵は一度ティーカップに手を伸ばした。
しかし口を付ける前に再び二人が騒ぎ出す。
茶はとうに冷めていた。
「お二人とも」
「このように大声で騒ぎ出すのは良くない」
「人の目も、ありますよ」
公爵の視線が外廻廊に向かう。
そこに侍女が二人。
公爵の視線に気づくとゆっくりと歩き出した。
「………………」
叱られて気まずくなった二人が黙り込んだ。
公爵の視線はどちらとも合わない。
両者とも不自然に明後日の方向を向いている。
「シエル殿下」
公爵の声に、王女がおそるおそる公爵を見た。
「私は交流会にご一緒できませんが、あなたが楽しく過ごせることを祈っております」
「……次会うとき、お話を聞かせてください」
「楽しいお話でも、困ったお話でも良いのでなんでも教えてください」
「なんでも……?」
「はい、なんでも」
「お手紙でも、直接でも」
「あなたがしてくださるお話を楽しみにしています」
そして公爵が王女の頭を優しく撫ぜた。
「……あなたなら大丈夫」
「……うん」
そうして落ち着いた王女がやっと一口、茶を口にした。
王子が目を細めながら茶をちびちび飲んでいる王女を見やる。
「素敵なお姉さん……ねえ……」
「お二人に少々助言でも」
「交流会、何も難しく考えることはありません」
「殿下方は麗しいですから」
それにほう。と身を乗り出したのは王子だ。
「ああ、俺は確かに麗しい」
王子が前髪を払う。濡羽色の髪が跳ねた。
公爵が頭を傾け笑む。
「技は不要です」
「黙って微笑んでいるだけでも、皆が自ら話題を提供しますよ」
王子はなるほど、と何度も頷いた。
王女はじっと公爵を見つめていた。
やがて目を閉じ、公爵の言葉に聞き入った。




