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第41話 どちらで覚えられたのですか


 王女は社交界が苦手だった。

 天井に吊るされた燭台は、ギラギラと眩しい。

 普段顔を見ぬ大人たちが着飾ってゾロゾロと王城にやってくる。

 王子の背に隠れた王女の顔を一目見ようと大人たちが覗き込む。息苦しい。


 そして何よりも王女が嫌悪したのは――――。

「まあ公爵様ったら、お上手」

「ねえ私のことも褒めてくださらないの公爵様」

「――家の――様」

「……私のことを覚えてくださっていますの?」

「ええ印象的でしたので。先日の装飾もお似合いでしたが、今日お付けになっている紅玉も素敵ですよ」

 別の令嬢が身を乗り出した。

「……わ、私のことは覚えてくださっていますか?」

「ええもちろん」

「皆様お綺麗ですから忘れられるはずもなく」

 公爵の言葉に、令嬢たちが頬を染めて笑う。


「…………」

 「かわいい」は、わたしのものだった。

 「きれい」も、最近わたしのものになったのに。

 胸の中に、小さなトゲが刺さったかのようだ。

「……痛い!」

 傍に居た王子が悲鳴を上げた。王女の指が、王子の腕をぎゅっとつねっていた。

「ごめんなさい、お兄様」

「お前、嫌なら帰ってもいいんだぞ」

「お兄様は」

「俺はここにいなければ。俺と話したい者が多くいるのだから」

 王子は鼻高々だ。最近王子は、大人の真似事をよくしていた。


 王女は、帰りたい。


 公爵の後ろ姿を見て、王女は思う。

 ――――気づいてくれないだろうか。

 令嬢方との会話に、公爵は夢中だ。笑っている。楽しんでいる。

 だから王女になど、気づいていない。


 また胸にチクリとトゲが刺さり、王女は王子の腕を締め付けた。

 王子がまた小さく悲鳴を上げたが、今度は無視をした。


 あんまりわたしを無視しないで。


 王子を解放し、王女は歩き出す。

「ルシ」

 小さく声をかける。

 公爵が小さな声に反応し、王女を見つける。

 その瞬間、公爵の顔が和らぎ膝をついた。


「どうかされましたか、シエル殿下」


 近づいた理由を用意していない。王女は困った。

 衝動で公爵に寄ったのだ。

 公爵は首を傾げて王女を待った。


「あのね……」

 背後で、王子の声が聞こえた。

 王女がワンピースの裾を握る。

 

「お兄様が、お腹痛いって」

 絞り出した理由が、これだった。

 背後で、誰かと談笑している王子の笑い声が響いた。

 王女の目がきつく絞られていく。

 公爵が薄く笑う。

「それは困った、伝えに来てくださったのですか、シエル殿下はお優しい」

「……では、王子殿下の様子を見に参りましょう」

「ご令嬢方楽しい時間をありがとうございました、所用ができましたので、私はここで失礼を」


 そして最後に王女は令嬢たちに向き直った。


「ごかんだん中、失礼しますご令嬢方、公爵を、借りますね」


 見上げると、公爵は目を丸くしていた。



 ◇


 

 社交界は、政治だ。

 ご令嬢は情報の宝庫。

 一言言葉をかわすだけであらゆる情報が集まってくる。

 ご婦人方は、この容姿が好きだ。それは時に、政争すら円滑にした。

 公爵は、自身の容姿の価値を正確に理解していた。

 今日も一人のご令嬢が公爵に話しかけたのを皮切りに多くのご令嬢が集った。


 記憶の一部に、目の前の令嬢の姿があった。

 髪色、瞳の色、姿形を記憶の中の令嬢と結びつける。

「ビスマルク家のメルティ嬢」

「……私のことを、覚えてくださっていますの?」

 令嬢の頬が華やいだ。

 そう。伯爵家の令嬢。記憶が鮮明になる。

 胸元に飾った蒼い石が印象的だった令嬢。

「ええ印象的でしたので。先日の――――――」

 公爵を見上げる令嬢の目は切なげに潤んでいる。


 ――――そう言えば最近、こういう顔を。

 小さな姿が浮かんだが、今は目の前の令嬢に意識を戻した。

 しかし戻そうとしてできなかった。

 先ほどから公爵の周囲にいる、あるご令嬢の目がチラチラと別方向を向いている。

 目線は少し、下だ。

 振り向かずとも分かる。

 令嬢の視線の先に、白金色がいる。

 公爵を待っているのだろう。


 しかし令嬢は視線を外して公爵に向いた。


 ――――良くないなご令嬢。

 そういう姿は案外他人に見えているものだ。


 そろそろ切り上げようか。

 思うが会話は途切れない。

 次から次へと令嬢が話題を提供してくる。


「ルシ」


 公爵の上着が引っ張られた。

 ああ、痺れを切らして自分からきたか。


「どうかされましたか、シエル殿下」


 王女には、最大限の敬意を払わねば。

 膝をついて王女と目線を合わせる。


 王女は困ったように眉をひそめた。

 そうですか、近づいた理由を用意していない。

 助け舟を、出して差し上げましょうか?


「あのね……」

「お兄様が、お腹痛いって」

 よく頑張りました、王女殿下。

 公爵から見える王子は、どこぞの貴族と楽しげに笑っているが。

 王女が苦し紛れに絞り出した理由に、公爵は目を細めた。


 王女に誘われ、王子の元へと足を向ける。

 そして王女がおもむろに令嬢方に向き直った。

「ごかんだん中、失礼しますご令嬢方、公爵を、借りますね」

 そして公爵に向き直り、その袖をつまんだ。

 

 おお、どちらで覚えられたのですか王女殿下。

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