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第40話 少年と少女


 横に薙いだ木剣が木型の人形の首を打った。

 鈍い音がした。


 王子の姿は土煙舞う訓練場にあった。

 齢も十を過ぎた王子の背は少し伸び、精悍さを増していた。

 宰相は言う。

 顔ばかりは王に似てきている、と。


「……人形相手は飽きたな」

 王子が振り返った。

「なあ、誰か俺と打ち合わないか」

 訓練場には多くの騎士たちが姿を見せていた。

 騎士たちの纏う鎧は様々だった。

 赤い外套、黒鉄の甲冑、背負う家紋も違う。

 どの貴族が王家へ忠誠を示しているか、その装いが物語っていた。

 

 王子のように訓練用人形に向かう者。

 相対して剣で打ち合う者。

 己の身体を鍛える者。

 様々いた。


 王子の声に皆が振り向く。

 しかし頷く者は一人もいない。

 

 王子が焦れて木剣を振り回した。

「なあ!って」

 

 そして一人の騎士が頭を掻いて言う。

 

「王子に怪我させるの嫌ですよ」


 王子は地団駄を踏む。

「俺が負けるって言うのか!」

 今度こそ騎士たちは揃って頷いた。


「ゼトを探せば良いでしょう」

「……あいつは今日、図書室で見たいものがあるんだってさ」

 王子が頬を膨らませた。

 王子と同い年の茶毛の少年。

 ゼトは最近本に夢中であった。

 王子のついでに座学へ顔を出すようになってから、

 ゼトは図書室へ籠もることが増えていた。


「……王子もたまには図書室行ったらどうですか?」

 王子は騎士の顔をじとりと見たあと肩をすくめた。

「嫌だ……なんか目が滑る……」

「ハハ、オレと一緒だ」

 騎士たちが笑う。


「あ、王子に付き合ってくれそうな人が来ましたよ」

 騎士の視線は訓練場の廊下へ。

 そこに存在感のある巨躯が姿を現した。

 

 蒼い外套を翻し、大剣を携えた茶毛の男。

「騎士団長!」

 王子の猫目がぱっと輝いた。

 そして走ってその腕に飛びつく。


「なんですか殿下急に」

 王子が飛びついてもビクともしない。

 片腕にしがみついた王子を薄笑いで見つめる。

「エリオス殿下はコアラですかな?」

「シエルの真似だ」

「真似え?……ったく殿下は……」

 騎士団長は合点がいったように天を仰いだ。

「割と面白いな、これ!」

「……邪魔ですなあ……」


 騎士団長が腕を軽く振る。

 王子の身体がぶら下がったまま揺れた。

「そんなんじゃ離れないぞ」

 王子が声を上げて笑った。



 古紙の匂い、ページを捲る音だけが響く静かな室内。

 窓際の席には午後の日差しが落ちていた。

 そこに王女はいた。

 机の片脇に書物を積み、ペンを走らせている。

 王女は八つになっていた。図書室は、王女の領域であった。


「あれ、姫様?」

 静けさの支配する室内。

 声が妙に響いた。


 顔を上げると、そこに茶毛の少年がいた。

「……こんにちは、ゼト」

「こんにちは姫様」

 ゼトが辺りを見渡し、はてと首を傾げた。

「今日、公爵閣下が来る曜日じゃありませんでしたっけ?」

 王女がまた手元のペンに目を落とした。

「……最近忙しいんだって」

 公爵が訪れる日を、ゼトはなんとなく察していた。

 その曜日が来ると、王宮が落ち着かぬ空気を纏うからだ。

「へえ……社交の季節ってやつかな……」

 王女はゼトに構わず手元の便箋に目を落としている。

「姫様、何書いてるんですか」


「お手紙」

 王女が紙を撫でた。

 そして口元を綻ばせた。

 

「ルシにお手紙書いてるの」


 王女はそう言って、また便箋へ目を落とした。

 机の上には、書き損じた紙が何枚も積まれている。


「……手紙か」

 王女は便箋に最後の文字を付け足すところであった。

 文字が一つ一つ、丁寧に便箋に落とされる。

 

 ――次もお庭で二人でお茶をしようね。

 ――ルシが来るのを待ってる。


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