第39話 お食事会
近頃王子には悩みのタネがあった。
今も、騎士団長の隣で身体を縮こまらせて唸っている。
訓練場で騎士たちを見ていた騎士団長の視界に、濡羽色の姿が入った。
王子は日陰のベンチで足を折って俯いていた。
いつにない姿であった。
騎士団長の足は自然とそちらへ向かっていた。
「……何をお悩みですか」
王子の隣に腰を下ろし、様子をうかがう。
王子はしばし黙っていたが、チラリと騎士団長に視線をよこすと
口を開いた。
「悩みというほどでもない」
まどろっこしいな。騎士団長は正直思った。
遠回りしながら、この王子は結局全部吐くのだ。
「……言ってくださればお力になれるかもしれませんが」
「宰相閣下にも言えぬことですか?」
王子が天を仰ぐ。
「宰相は当てにならん」
「時間が解決する、とかしか言わない」
騎士団長は合点がいった。
「……王女殿下のお話ですか?」
「ああ、シエルが……俺を避けるんだ」
王子と王女の関係に関しては、騎士団長も問うてみたことがある。
その時宰相に、二人はそりが合わぬのだと返された。
「……王女殿下もどう接して良いか分からぬのでは?」
「回廊で会うと庭に逃げられ……」
「公爵の側だと後ろに隠れられる……」
「お邪魔虫だなあアイツは」
「邪魔というかなんというか」
王女が王子を避ける理由は騎士団長にもわかっていた。
以前の王子の様子を考えれば、言うまでもない。
だが王子は変わった。王女も変化には気づいているだろう。
騎士団長は考え込んだ。
この幼い王子の力になってやりたい。
騎士団長がポンと自身の膝を叩いた。
「お食事に誘ってみられては?」
「接点が多くなれば殿下の変化に気づいてくださるでしょう」
「………………」
王子の紅目はなんの変化も見せない。
「もしやその顔、誘っておられる?」
王子が頷いた。
「……いつも、断るんだ……」
王子が泣き真似をする。
「シエル……嫌」
「お腹……空いてない……ってさ!」
「空いてないわけないだろ!」
王子が膝を叩く。
「……同席拒否……」
いや、まだ手はある。
「であればエリオス殿下」
「王女殿下のご不安を解消して差し上げればよいのです」
「公爵閣下同席、という条件をつけ、お誘いしては?」
王子が歯を剥いた。
「…………」
「そんなに嫌な顔をなさらず」
「嫌だ、楽しくない……」
「最初だけで良いのですよ、王女殿下もエリオス殿下の優しいところをご覧になれば
今後二人だけで食事してもいいと思えるようになるでしょう」
「でも今は……」
「公爵付きじゃないと、シエルは来ない?」
「はい」
王子は頭を抱えている。
妹と距離を縮めたい気持ち。
そのために公爵を呼ぶ気持ち。
二つがぶつかり合っている。
そして王子が両膝を叩いた。
「……だったら」
「……だったら……お前もついてこい……」
王子が騎士団長の腕を捕らえた。
「ええ……」
「私もですか?……嫌ですよ……」
「提案したのお前だろう!」
王子の両腕が騎士団長の片腕をガッチリと固めている。
これは逃げられない。
余計なことを言うのでなかった。
騎士団長は後悔した。
妙な空気の食卓であった。
「シエル、公爵領はどうだった?楽しかったか?」
「うん……」
王子の問いかけに、言葉少ない王女。
「海は見てきたか?」
「うん……」
見かねた公爵が王子を後押しするように、王女に問いかけた。
「シエル殿下、王子殿下にお話してみてはいかがですか」
「何が楽しかったですか」
「海、きらきらだったよ」
「お花がたくさん空に飛んでね……」
「あとお魚のサンドイッチ……」
「できればそれ以外で」
誘導むなしく、王女の視線は公爵に行く。
騎士団長も参戦した。
「ローデンバルド領には私も一度訪れたことがあります。
閣下のお父上が統治されていた頃でしたが、活気溢れた良い土地だと思いました」
「王都には負けますとも」
「しかし……」
「……いずれ、王子殿下にも我が領をご覧いただく機会を頂ければと思っているのですが」
公爵が王子を見やった。
「……ぜひ拝見してみたいものだ」
慌てた王女が公爵を見やった。
「……シ、シエルは?」
「もちろん、シエル殿下もお誘いしますとも」
食卓が社交辞令の応酬で消費されていく。
ままならん。上座に座った王子が渋い顔をしている。
次に出された皿に、王子が目を丸くした。
「あっ!!」
全員の視線が王子に行った。
「これ……出すなって……言ったろう……」
王子が皿に乗った緑色をした野菜を見ている。
皆が自身の皿を確認した。
騎士団長が笑った。
「殿下それ嫌いなんですか?子どもでいらっしゃる」
「じゃあお前は食べられるっていうのか!」
王子が拳を握った。
「当然。私はほら、大人ですし」
得意げな騎士団長に王子が歯ぎしりをした。
「クソ、これだから大人は嫌だ」
フォークで緑色の物を遠ざける王子。
「………………」
王女が、それを不思議そうに見ている。
そして口を開いた。
「……お兄様も、それ嫌?」
「シエルも、それ嫌……」
皆の視線が今度は王女に向いた。
「おっ……お前も……?」
「うん」
王子が目を見開く。
次の瞬間、王子は勢いよく立ち上がった。
「よし、分かった、俺が王になったらこの野菜絶滅させる、そうする!」
「そうして」
――――末恐ろしい子どもたちだ。
将来が不安である。
「……暴君」
騎士団長と公爵の声が重なった。
そっと、小さな手が公爵の皿に何かを乗せた。
公爵が見やると、緑色の野菜が増えていた。
「ルシそれあげる……」
「殿下、人の皿に嫌いなものを押し付けてはいけません」
ビクッ。王女ではなく、王子が反応した。
緑色の野菜が、騎士団長の皿にも増えていた。
騎士団長が横目で王子を見ている。
王女は口を尖らせた。
「だって……」
「食べられなければ、食べられないで良いのですよ」
「他のものも全部は食べられないでしょう?」
「うん……」
「王子殿下も。そう騒ぐことでもありません」
「嫌い、が分かってしまうと困ることも増えますから」
「公爵、お前なんだか……小言多いんだな……」
王子は、いつもの調子が戻ったようだった。
王女の言葉数が少ないのは変わらぬが、今度は王子から目をそらさなかった。
食卓の空気は、まだぎこちない。
それでも先程より、ずっと息がしやすかった。
「……また、いっしょに食べてくれるか、シエル」
「…………」
「今度はその……お前と、2人で」
王女が目を伏せた。
ほんの少し考えるような間が落ちる。
そして、王子の目を見て言った。
「……うるさくしないなら、いいよ」
王子は一瞬だけ口を閉じた。
そして王女の目を見て言った。
「しないさ」
「俺は大人なんだから」
王子は満足そうに笑った。




