第38話 めずらしいもの
珍しい。亜麻色が一人、王宮のベンチに腰掛けていた。
声をかけるか逡巡し、しかし聞きたいことがあった。騎士団長は彼へ歩み寄る。
「……公爵閣下!」
亜麻色が、振り向いた。
そして、自身の口元に人差し指を当てた。
「?」
「閣下、お久しゅうございます、どうかなさい……」
公爵は次に下を指差した。
眉を寄せている。
そっと近づいて差されたところを覗き込むと、そこに小さな体躯の白金色が丸まっていた。
王女か。
公爵の膝で眠り込んでいる。
公爵は持っている絵本で日陰を作ってやっていた。
「……お久しぶりです騎士団長。少し、声を落としていただけますか」
「……失礼、致しました」
地声が大きい自覚のあった騎士団長は、努めて声を小さくする。
「……いえ、お姿が見えたのでお声がけしただけだったのですが……」
「お邪魔でしたね」
「近ごろ会議でもお会いしませんからね」
「あ……はは……」
騎士団長は、膝の上の王女を凝視した。
……この幼子の兄とは毎日顔を合わせているが、王女をこう近くで見るのは久々だ。
眠る幼子は無防備で、あどけない。
息子も少し前までは、こうであった。
王女は、あまり人に懐かぬ気質だと聞く。
そのせいで王子とも不和であるとか。
はて、今見る王女は、膝枕をされているが。
「読み聞かせをしている内に、寝てしまったのです」
「そうでしたか、ずいぶんと閣下に心許してらっしゃるようですね」
「……………………」
公爵がおし黙った。
何か余計なことを言っただろうか。
社交は難しい。
「んん……」
王女が身動ぎした。
「……お邪魔してしまいましたな、本日は、退散いたします」
「……何か御用があったのでは」
「大したことではないのです、同じ後見人として、何か助言でも請えれば……と思っただけで」
「……助言?私が?」
公爵の眉がピクリと動いた。
「ええ……閣下は王女殿下とうまくいってらっしゃるように……見えたので」
「………………貴殿のほうが、経験がおありかと」
「私のような若輩の言葉など、かえって嫌味となるでしょう」
「いえその……失礼しました」
公爵の眉間のしわが深くなった。
……また何か間違えたらしい。
「……んん……」
また、王女が身動ぎした。
これ以上は、起こしてしまう。
騎士団長が公爵に礼をし、その場から遠ざかった。
人気のない廊下まできて、騎士団長はその場に座り込んだ。
……………………あの公爵が、膝枕をしていた!?!?
読み聞かせをしていただと!?!?
騎士団長は両目をこすった。
あれはもしかしたら幻影だったのかもしれない。
騎士団長はやんちゃ坊主共に振り回され、日々疲れていた。
しかし、よく我慢した。
公爵の前でよく平静を保った。
騎士団長は自身を誇った。
――――公爵の目が苦手だった。
値踏みするような、腹の内を見せぬ目。
貴族らしい慇懃さも、どうにも得意ではない。
だから騎士団長は、あのような目をする若造が、幼子の世話など出来まい。
そう、不安に思っていたのだが。
あれは、なんだったのだろう。
「騎士団長、どうかされましたか」
向かいから、部下の騎士が早足でこちらに向かってきた。
「具合でも、悪いのですか」
「いや、なんでもない」
「心配は無用だ、少し疲れてな」
「ああ……王子殿下たちの相手は疲れるでしょうね……」
それだけが原因ではないが。
「そういえば俺さっき珍しいものを見たんですよ」
「なんだ」
「……公爵閣下がベンチに座ってて、何してるのかなって思ったら姫殿下がその膝で寝てたんです」
「俺見間違いかなって思いました」
それは私も見た。
あれは現実であったのか。
未だに信じられないが。




