第37話 エリオスとシエル
最近、王子と王女の様子が変わったと、侍女らの間で話題となっていた。
「ルシ、猫ちゃん見にいこ」
「シエル殿下、転びます。そう急がず」
まず、公爵からの呼びかけが変わった。
「……ん」
王女が公爵に手を差し出した。
公爵がその小さな手を取った。
「ゆっくり歩きましょうね」
これも、変化のひとつであった。
王子の側もそうだ。
「エリオス、お前玉蹴り上手いな」
「器用だろう、騎士たちからも才能があるとよく褒められる」
「あいつら王子にゴマ擦ってるだけだよ」
「お前も上手いって言っただろ!」
ゼトが馴れ馴れしいのは今に始まったことではない。
だが最近、王子を呼び捨てるようにもなっていた。
当初宰相はカンカンになって怒っていたが、器用なゼトは外では弁えており、
処罰には至っていない。
何より王子がそれを受け入れていた。
騎士団長まで「エリオス殿下」と呼ぶようになり、宰相の眉間の皺は深くなる一方だった。
だが、王子と王女の距離だけは、平行線のままだった。
王子がゼトと中庭で玉遊びをしていたときのこと。
そこに、庭の猫を見に来た王女と公爵が現れた。
兄妹がこうして鉢合わせるのは珍しいことであった。
王子の姿を見て、王女はすぐさま公爵の背に隠れた。
兄と会うと嫌なことが起こる。
王女はそう学習している。
背に隠れた王女を見て、プイと王子が顔をそらした。
「ごきげんよう、王子殿下」
「ああ、ごきげんさ」
公爵の挨拶に、頬を膨らませた王子がそう返す。
「公爵領は楽しかったか、シエル」
王女は公爵の背から顔を出さない。
「うん」
公爵の足が喋っていた。
王子が公爵を見上げた。
「妹が世話になったな」
「いいえ、シエル殿下のおかげで楽しい日々を過ごさせていただきました」
王女が公爵の背からひょっこり顔を出した。
公爵を見上げて笑んでいる。
「ね」
「妹とは仲良くやってるようで何より」
「だが……お前はあまり俺のところには来ないな」
「殿下を訪ねても、なぜか毎度タイミングが悪く……帰されてしまうのです」
「ふうん、不思議だな」
「ええとても」
王女がその様子をじっと見つめていた。
「次来たらお前は必ず通すように言おう」
「ええ、必ずご挨拶に伺いましょう」
耐えかねたように、王女が公爵の上着をきゅっと掴んだ。
「……ルシを、とらないで」
王子の目尻がぴくりとつり上がる。
王女も負けじと、三角の目で兄を睨んでいた。
「………………」
公爵が上着を握る王女のつむじを見つめ、そして自身の額に手を当てた。
「ずいぶんと懐かせたようだな、公爵」
王子が、公爵を睨めつけた。
公爵が首を傾げた。
「懐いたのではなく」
公爵が膝を折り、三角の目の王女を抱き上げた。
「私の誠意に応えてくださった」
「それだけです」
王女はもう三角の目をしていない。
代わりにずっと、公爵を見つめていた。
公爵が王女を抱き上げる姿も時折目撃されていた。
疲れた王女が上着を引っ張る。それが合図であった。
王女は誰かが話しかけてくると公爵の肩に頭を預け、目を閉じるようになっていた。
寝る子には声をかけない。
王女はそれに味をしめていた。
すれ違った宰相が怪訝な顔をした。
「閣下、歩かせねば」
そしてそう苦言を呈した。
「お疲れなのです、仕方ないでしょう」
しかし公爵はどこ吹く風であった。
「シエル殿下、狸寝入りはよろしくないですよ」
「寝てるもん」
「挨拶はなさらないと」
「寝てるもん」
「そう……ならばお可哀想ですが、今後は疲れてもご自身で歩いていただきましょう」
「!?」
「……なんでそんないじわるする?」
「ちゃんと皆さんにご挨拶してくれますか?」
「ちゃんとあいさつする……」
だが不満げに目を三角にした王女は、公爵に頭突きをしたのち
ぎゅっと目を閉じ、今度こそ眠ったふりを決め込んだ。




