第36話 山か海か
「騎士団長、お前いい店を知ってるじゃないか」
王子が大口を開けてオムライスを頬張った。
口端に赤いソースが付く。
騎士団長が指で示してやると、王子は布巾で自身の口を拭った。
無邪気に頬張っていても、所作の端々には品が残る。
「それは良かった、侍女や騎士共に聞いて回ったのですよ、どこか良い店はないだろうかと」
「努力した甲斐がありました」
「ふふ……良い心がけだな、褒めてやる」
「……上から言ってくれる……」
騎士団長が手元の肉をフォークで刺して口に放り込んだ。
「……うーん、海を感じる……」
ゼトが炙られた海老に齧り付いていた。
「海鳥の鳴き声が聞こえるぜ」
「……お前海行ったことないだろう」
「親父が連れて行ってくれねえからな」
ゼトがしばし考え込んだ後、王子を見やった。
「……なあ、今度宰相に頼んでくれよ。海に連れて行ってくれって」
王子が頬袋を作ったまま口を開けた。
「宰相か、なかなか難敵だな」
「アイツは俺の話をすぐ遮るから」
「親父に言っても無駄だろ」
「どうせ決めるのは宰相か……」
チラリ。二人の視線が騎士団長に向く。
紅と碧の瞳が楽しげに歪んでいる。
「……碌でもないことを考えている目だ」
「次は海行こうぜ、親父」
騎士団長が肉を飲み込み、眉を顰めた。
王子がオムライスを咀嚼しながら考えた。
「うーん……」
「海もいいが……俺は雪山を見てみたい」
「雪山だ?」
ゼトが眉をひそめた。
「俺は冬生まれだ、冬になると雪が降るとよく聞くんだが
王都には降らないじゃないか」
「だから見てみたい」
猫のような目が期待に丸くなる。
「雪……個人的にはあまり良い思い出はありませんが、
確かにエリオスにとって良い経験にはなるでしょう」
「北方領の山岳地帯など、年中雪で覆われておりますからな」
「……アイゼングラード公にお会いすることも……」
「ほう……年中雪……壮観じゃないか」
王子と騎士団長、揃って頷きだした二人を見て、
慌てだしたのはゼトだ。
「雪なんか見たってなんの足しにもならねえ」
ゼトが手元の皿に目を落とし、慌てて海老をフォークで刺した。
そしてそれを王子の皿に落とす。
「海に行って豪遊しようぜ」
「……賄賂ってやつか?」
「何が豪遊だ、やめんか!」
騎士団長が息子の頭を叩いた。
ゼトの黒いバンダナがポロリと落ちる。
「ゼトも雪を見に行こう」
「寒いのは嫌だ、俺は海がいい」
「俺は雪に触れてみたい」
「海で泳ごうぜ」
子らが揉めだして肘で突きあった。
ここは仮にも高級店。周りの視線が騎士団長に突き刺さり始めた。
「揉めるのをやめろ」
「お前はどちらがいいんだ」
「親父も寒いの嫌だろ?」
矛先は、保護者に向かう。
王子の紅玉の瞳が嫌な輝きを放っていた。
ゼトの騎士団長に似た碧色の瞳も、怪しい光を帯びている。
騎士団長がたくわえたヒゲに触れ、唸る。
「……私は……どちらかと言えば」
子らが身を乗り出した。
「どちらかと言えば?」
「山も海も苦手です」
バカ!
バカ!
子らがテーブルの下で騎士団長の足を蹴った。




