第33話 一日いっしょだね
門前にずらりと並んだ使用人たちが、王女と公爵を出迎えた。
公爵の背に隠れた王女が、様子をうかがうように顔を出す。
「殿下、どうぞこちらへ」
公爵に伴われ、王女が一歩一歩邸宅へと足を進める。
落ち着かぬのか、王女は公爵の上着を握っている。
礼をしたままの侍女の一人が、目を開けて様子をうかがった。
そして王女と目が合い、侍女は固まった。
王女が何事か頷き、その侍女に手を振った。
侍女もつい、王女に手を振り返す。
使用人らの間に、わずかに戸惑ったような空気が流れ、公爵が苦笑した。
「殿下、使用人に手は振らなくて良いのですよ」
屋敷の中は静かだった。
白い壁に夕陽が差し込み、磨かれた床が淡く光っている。
王女と公爵の靴音が、広いホールに響いた。
正面の大階段を見上げ、王女が息を漏らした。
「今日と明日、この屋敷で丁重におもてなしさせていただきますので、どうぞごゆっくりなさってください、殿下」
「……ルシ……」
「はい」
「夜ごはんも、いっしょ?」
「はい、ご一緒させていただきます」
「……夜も、ルシがいる?」
「殿下は我が屋敷にお泊りですので、おりますよ」
王女が小さな両手で自身の口元を覆った。
「一日いっしょだね」
そして無邪気に笑った。
「ええ、そして明日も一緒です」
公爵の返答に気を良くした王女がその場でぴょんと跳ねた。
そして侍女が王女を屋敷の奥へといざなった。
夕食での王女はおしゃべりであった。
今日見た海、港サンド、気になった露店。
思い出したらすぐ口から出ていた。
「明日も、港行く?」
「ええ、お祭りがあるのでそれを殿下にお見せしたいんです」
「どんなお祭り?」
「花祭りと言います。各々の家が屋根や窓からたくさんの花びらを降らせて風に流します」
「色とりどりで美しいですよ」
王女が両手を頬に付けて想像した。
王女の頭の中で、青一色だった空が、赤や黄色や桃色、様々な色に塗られていく。
王女の頬がふわりと赤くなった。
「……絶対連れて行ってね……」
「殿下のご期待を裏切らぬよう努力しましょう」
「……お店もでる?」
「……………………お店も出ます」
「またいっしょに食べようね」
「……殿下、明日も良い店を予約していますよ」
「……う〜ん……」
「……殿下がお好きそうな苺の乗ったケーキも」
「ケーキ?」
「そう、我が領一番と噂のケーキです」
「わあ……迷っちゃうな……」
そして王女は食事が終わるまで話し続けていた。
湯気が立つ幼子の身体を、侍女が柔らかなタオルで覆った。
「殿下、お部屋にご案内しますね」
「うん…………」
王女の頭が傾いている。
「……ルシは」
普段は大きな紫水晶の瞳が、とろんと閉じかけていた。
侍女は王女の頭もタオルで覆った。
「……閣下はお仕事中です、明日また会えますよ」
「……おやすみって……言ってない……」
侍女が撫でるように頭を拭く。
「明日、言えますよ」
そして王女の口元がかすかに緩み、そのまま瞼が閉じた。
「閣下、王女殿下はご就寝されたようです」
「そうか、思ったより早く休まれたのだな」
執務室で書類を片付けていた公爵に、家令がそう告げた。
夜の帳はとっくに下りていた。
「長旅でお疲れだったのでしょう、入浴後すぐにお眠りになられたとのことで」
「……挨拶をしそこねたな」
「……眠っているのならそれでいい。何かあったら知らせろ」
「はい」
「その……閣下」
家令が言い淀んだ。
公爵が書類から頭を上げた。
「なんだ」
「本日ご用意していた昼餐の件なのですが」
「何か問題がございましたか?殿下がお気に召さなかったとか……」
公爵が頭を掻いた。
「そうではない」
「……では、時間の都合でしたか?」
公爵が眉を顰めた。
家令の声が小さくなっていく。
「いえ……何か不手際でもあったかと、気になりまして」
「………………」
公爵が黙り込んだ。
家令の不安が膨らんでゆく。
「…………露店で昼を取った」
「は?」
家令が目を瞬いた。
「……なんと?」
「二度は言わぬ」
「申し訳ありません閣下、聞き間違いでしょうか」
「閣下が、露店で?」
家令が言い切る前に、公爵が切った。
「もう下がれ」
公爵の声が低い。察した家令が礼をして足早に去っていった。
静まり返った執務室で公爵が息をついた。
「明日こそは……」




