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第32話 俺はもっとハンサムだろう

「こっちの果物飴が食べたい!」

「俺はこっちの焼き菓子が食べたい!」

 露店街に子らの元気な声が響き渡る。


 子らに左右から引っ張られ、騎士団長が渋い顔をした。

「どっちかにしなさい。裂けますよ、私が」

「裂けたら都合がいいな、同時に露店が見に行ける」

「私は化け物でないのですから。裂けたら終わりです」

 道行く人々が微笑ましげに三人を見やって通り過ぎていく。


「どっちにも行きますよ、まずは果物飴です」

「やったぜエリオスに勝った」

「息子を贔屓するな」

「こっちのほうが近いでしょうが」


 子らは、買ってもらった飴を手にペロペロと懸命に舐めている。

 途端に、静かだ。


 そして飴を舐めながら焼き菓子の露店を覗く。

 王子の視線は焼き立ての四角い菓子に釘付けだった。

 甘い香りが漂って鼻腔をくすぐる。


 しかし。

「……坊っちゃんたち手が塞がってるけど……」

 店主が焼き菓子を手にオロオロと三人を見やった。

 騎士団長の両手には子らの手。子らの手には飴が。

 子らが騎士団長を見上げる。

「おい、誰も持てないぞ」

「親父も両手が塞がってるねえ」

 子らがニヤニヤと挑発する。

 騎士団長がしばし黙り込み、子らを交互に見た。

「エリオス、ゼト」

「離れるなよ」

 子らが満面の笑みで頷いた。

「もちろん」

 そして騎士団長が、両手を解き放った。

「自由!」

「解放!」

 その瞬間、子らがその場で飛び跳ねた。


 

 片手に焼き菓子、片手に飴。

 子らはしばし、戦利品にありついた。

 やはり、静かであった。


 ふと、焼き菓子を頬張っていた王子が気づく。

「……なんかあそこの護衛……サボって焼き菓子食ってるぞ」

 見知った顔が先ほど焼き菓子を買った店の付近に屯していた。

 ゼトもそちらを見やった。

「……さっき別の護衛も飴食ってたぜ」

「俺より先にさあ」


 王子が自由となった片腕を振り上げた。

「職務怠慢!」

「……あれはいいんですよ、放っておいて」

 騎士団長が王子の腕を降ろした。

 しかし、王子はまた腕を振り上げた。

 今度はゼトまで。

「職務怠慢!」

「職務怠慢!」

 あまりの喧しさに騎士団長が耳を塞いだ。

 こうなった子らは、無敵であった。



 ――――――――――――――――――――――――


 露店街の喧騒から逃れるように、

 騎士団長は子らを連れて人通りの少ない路地へ入った。

 焼き菓子と飴を食べ終える頃、昼を知らせる鐘があたりに響いた。

 

「号外、号外!」

 掛け声が鳴った瞬間、一面の青空がくすんだ薄茶で塗られた。

 紙束が、空に舞っている。


 落ちた紙束が靴で踏まれ、あっという間に石畳と同化した。

 降ってきた一枚を王子が手に取った。


 ――――ディオヴァル侯爵、フェライト伯爵令嬢と婚約破棄。


「婚約破棄?」

 目についた見出しを思わず口にすると、横に居た騎士団長に紙を奪われた。

「何するんだ」

「子どもが読むものではありませんよ」

「ケチ、お前も宰相といっしょか」

 

「王子には角が生えてるそうだぜ」

 ゼトが騎士団長のすぐ側で屈んでいた。

 その視線は騎士団長の持つ風聞紙の裏面を凝視している。

 王子もゼトの隣で屈んで追随した。

 ――暴君の芽か、幼き角持つ王子。


 そして騎士団長が紙面をクシャクシャにして捨てた。

「見るなって言ってるでしょうが」

「もう遅い、見た!」

「隠すなって!」

 王子が片足をダンダンと石畳を踏み鳴らした。

 ゼトが辺りを見回し、ゴミ箱の上の風聞紙を拾い上げる。

「あったぜ」

「でかした」

 二人は風聞紙に釘付けだ。


「こいつら……手を離したらすぐこれだ……」

 

 ――――――――――――――――――――――――――


「……俺にツノは生えてない」

「……目もこんなに釣り上がってない!」

 

 二本のツノ。鋭い牙。釣り上がった赤い瞳。

 風聞紙に描かれた王子は珍妙な出で立ちであった。


 ゼトに片唇を摘まれ、王子の口が無理やりこじ開けられる。

「……牙も生えてないぜ」

「……それは良かった」

「良かったじゃないんですよ」

 また騎士団長に紙を奪われかけ、王子が後退りした。


「お前が前言ってた暴力王子って、これか?」

 王子がゼトを見やった。

「そう、風聞紙には好き勝手書かれているからな」

「王子の話題は定番だ。いつも載ってるぜ」

 ゼトの頭に騎士団長の拳が落ちた。

「……余計なことを!」


「……殿下は王族、ましてや王太子であられますから、注目もされる」

「気にすることではありません」

 騎士団長が王子に手を伸ばした。

 その俗悪な紙を寄越せと、手が語っている。

 

「下手くそな絵だ」

「俺はもっとハンサムだろう?」

 王子がグイッと騎士団長に寄る。

 長いまつ毛が揺れ動いている。

「……美化されたいってことですか?」

「美化?バカを言うな」

「俺をありのまま、ハンサムに書けとそう言っている」

 王子が指先で自身の艶のある前髪を払い、

 騎士団長とゼトが揃って腹を抱えて笑った。

 

 王子の視線は未だ紙面に落ちている。

「……俺の隣の子どもは……」

 王子の隣に、泣き顔の子どもが描かれていた。

 茶毛の棒人間の背に隠れるようにしがみついている。

 王子は口を開きかけ――その先の言葉を飲み込んだ。

 

 そして王子は黙って紙を丸めて捨て、ゼトがそれを踏んだ。


 


 ――――――――――――――――――――――――――



「お腹が空いたなあ……」

 チラリ。王子が横目で騎士団長を見た。

「さっきまで食べていたのに?」

 王子に騎士団長のぼやきは聞こえない。

「いい店を用意してくれたんだろうなあ」

「豪勢な海鮮料理……いや、分厚い肉……未だかつて誰も食べたことのない珍味でもいい」

「もしや対抗しておられるのか……?」

 王子が頭を振った。

「……俺の後見人の本気を見たいだけさ」

 騎士団長が自身の顎髭に触れた。

「エリオスが何を食べたいのか、でしょう」

「海鮮?肉?珍味?……珍味なんか食わんでしょう」

 ゼトが手を挙げた。

「俺は海鮮が食べたい」

「お前には聞いとらん」

 王子が腕を組んだ。

 そして唸る。

 王子の答えを待ち、騎士団長とゼトまで腕組みしだした頃。


「オムライス」

 王子がポツリと言った。

 

 騎士団長が大口を開けて笑った。

「……あなたは本当にお好きですね!」

「そう言うと思って良い店を見繕っていましたとも」

 騎士団長が王子とゼトの背中を押した。

「……海鮮は?」

「……あるが」

「お前エリオスよりいいものを頼もうとするな」


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