第25話 二人だけのお誕生日会
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「シエル、お誕生日……嫌い」
公爵の隣で王女が呟いた。
遠くで、人の笑い声が聞こえる。
煌びやかな生誕祭の喧騒が、廊下の向こうから微かに届いていた。
だが、この場だけが妙に静かだった。
「疲れましたか」
公爵が歩みを止め、王女を見る。
王女の目が半分になっていた。
眠いのではない。ふてくされていた。
「殿下は、お誕生日がお嫌いですか」
「……嫌い」
「つかれた」
「いっぱい人来る」
「お誕生日、もうしなくていい」
王女は文句を挙げ連ねた。
内向きな王女にとって、社交は単なる苦痛であった。
そして自身の誕生日は、まさしく社交でしかなかった。
また、差が露呈する場でもあった。
飾り、贈り物の量、人の数。
兄との差を。
「……お兄様の方がすごかったよ」
「プレゼント、シエルよりいっぱいあったもん」
「殿下……数は確かに、異なったかもしれません。ですが王子殿下はあなたの贈り物が
一番嬉しかったそうですよ」
「…………」
王女は返事をしなかった。
代わりにトボトボと歩き始めた。
「お腹すいた」
もう嫌だ。そう思った王女が公爵の上着を強く引っ張り抵抗を示した。
そして王女は、何も食べぬまま会場を後にしてしまった。
会場にあったケーキの山には、未練があった。
「あーあ」
王女が床を蹴った。
「殿下」
公爵が先ゆく王女に追いついた。
呼ばれた王女が公爵を見上げる。
「たくさん人が来るお誕生日は、ご不満でしたか」
「うん」
「贈り物も、比較されて嫌でしたか」
「……うん」
公爵が少しだけ考えるように目を伏せた。
「では殿下、あなたの望みに沿えるかわかりませんが」
「?」
「……今から私とお誕生日会をしませんか」
「ルシと?」
「はい」
「……ふたりだけ?」
「はい」
「あなただけの、お誕生日会です」
沈んでいた王女の顔が、ぱっと明るくなった。
公爵に駆け寄り、彼が屈んだ。
そして王女は小さな両手で公爵の頬に触れた。
「やる……!」
王女の私室に小さなケーキがたくさん。
前菜に主菜、甘い菓子まで、テーブルに乗り切らぬほど並んでいる。
給仕に頼んで会場から持ってきたものだ。
二人を照らすものは燭台の僅かな明かりのみ。
「殿下、召し上がれ」
王女は真っ先に、苺の乗ったケーキへフォークを突き刺した。
口元が白いクリームでベタついている。
公爵は何も言わなかった。
代わりに、王女にハンカチを差し出した。
「……美味しいですか?」
「うん!」
差し出したハンカチで口元を拭いながら、満足そうに王女が笑う。
そしてまた、もう一口。
案の定、口元には再び白いクリームが付いていた。
ふと王女の視線が、飴色に焼かれたチキンへ向く。
すでに食べやすく切り分けられていたが、それでも幼い王女の口には少し大きい。
気づいた公爵がチキンを皿に載せ、さらに細かく切り分けて皿を差し出した。
王女が、小さく切り分けられたチキンに手を伸ばし、一口頬張った。
「おいしいよ」
「それは何より」
そして王女が食事に満足した頃、公爵が懐から小箱を取り出した。
「殿下、お誕生日おめでとうございます」
「うん、ありがとう」
小箱を、王女に差し出す。
「少しお姉さんになられましたので、あなたを飾るものはいかがかと」
公爵が差し出した箱の中身は、バレッタだった。
金で作られた繊細な細工に、紫水晶が嵌め込まれている。
王女は両手で箱を持ち上げた。
箱を回し、色んな角度でそれを眺めている。
「きれい」
燭台の明かりを受け、王女の紫の瞳が、バレッタの紫水晶と同じように輝いていた。
「あなたの瞳は大変美しいので」
「その輝きを石にも預けました」
「……シエルと、同じ色?」
「ええ、あなたの瞳には負けるでしょうが」
聞いた王女が石を指でつつく。
飽きる様子もなく、箱をくるくる回して時々微笑んでいる。
「……キラキラしてるね」
「お気に召しましたか」
「うん」
「……シエル、宝石もらうのはじめて」
王女が箱からバレッタを抜き、両手で持った。
左右が湾曲した金細工。王女にとって見慣れぬものであった。
「これ、どうするの?」
「あなたの髪に、飾っていただければと」
「へえ」
王女が公爵にバレッタを手渡した。
ん。王女が顎で示す。
公爵が頷いた。
公爵が立ち上がり、そっと王女の後ろに寄った。
「失礼します」
公爵が王女の髪に触れると、指の間をさらりと白い髪が流れる。
長い指が耳の裏を掠め、王女がクスクスと笑った。
「くすぐったいよ」
「……すみません、侍女のようにはうまくいかず」
後ろ髪をゆるく結い、バレッタで留める。
そして最後に王女に手鏡をみせた。
「ルシ」
「はい」
「これ、シエルの?」
「ええ、あなたに贈ったものですので」
「似合ってる?」
「ええとても」
公爵と鏡を交互に見つめる王女の瞳が嬉しそうに細められる。
「……すてき」
王女がバレッタに触れた。
ペタペタと、そこにあるのを確かめるように。
「……毎日つける」
「光栄です、殿下」
「ルシ、ありがとう」
そして、王女が今日一番の笑顔を見せた。
「来年も、いっしょにしよう」
「お誕生日会」
王女が公爵に小指を差し出した。
目の前に近づく小さな小指。
公爵が目を伏せ、ためらうように拳を握った。
「来年も……そうですね、来年も」
やがて決心したように、公爵も小指を差し出した。




