第21話 ゼト
私には、息子が一人おります。
殿下と同い年なのですが。その内殿下に挨拶をさせたいと思っています。
やんちゃで、口の悪い小僧なのですが、まあ悪くはない者です。
気が合えば、良いのですが。
騎士団長にそう言われたのが数日前。
そして今日、その息子が王宮に来るらしい。
聞いて王子は城門の前で親子を待っていた。
足踏みして待ち人を待つ。
騎士団長の息子。
俺と同い年。どんな者だろうか。
大きい身体だろうか。似ているのだろうか。小さい騎士団長。考えたら笑えるな。
王子の口角が自然と上がっていた。
そして今、王子の目の前にその者がいる。
「お会いしたかったです王子殿下! 俺、ゼトって言います、よろしくお願いしま~す!」
小柄な幼子であった。
王子よりも少し背も低く、華奢。
こげ茶色の短髪にタレ目がちの三白眼。目元は少しばかし騎士団長に似ているか。
黒いバンダナが印象的だ。
だが。
「…………ああ、俺も楽しみにしていた」
王子の反応が幾ばくか遅れた。
ゼト、と名乗った少年は笑顔の絶やさぬ男子であった。
穏やかな高い声で、人当たりもいい。
……あまり、騎士団長には似ていなかった。
「殿下、我が息子を今日一日お供させますので、遊んではいただけませんか」
「かけっこ、木登り、チャンバラ、かくれんぼ、なんでもお付き合いできますよ」
「お任せあれ!」
「ああ、楽しみだ」
「では私は所用がありますので騎士団に詰めます、用があればそちらに」
「……悪さするなよ、ゼト」
「心配性だなあお父様は、いってらっしゃ~い!」
……お父様!?!?
父に手を振るゼトを思わず二度見。
「さてさて……」
「父は去ったので、我々2人で遊びましょうか」
「ああ……」
「何がいいですか、殿下のお望みのままに」
「……………………」
ゼトは、笑っている。
だがその笑顔は、妙に綺麗だった。
王子はなぜか、落ち着かなかった。
「……俺は、かけっこも、鬼ごっこも、木登りも、チャンバラも……なんでも好きだ」
「……お前は?」
「俺も、なんでもお付き合いできますよ」
「……………………」
「じゃあ、鬼ごっこをしよう」
小柄なゼトは、足が速そうだ。
きっと面白い。
王子は少し気分が良くなった。
王宮の庭は広かった。
王子が逃げて、ゼトが追う。
生け垣を利用し巧みな回転。
ゼトを翻弄する。ゼトの手は、一向に王子の背に追いつかない。
王子は庭を知り尽くしていた。
「王子速いですよ〜」
追うゼトが情けない声を出す。
「なんだ、足が遅いな、それでも騎士団長の息子か」
ゼトの足が、一瞬止まった。
「ああ、そう」
そして助走をつけ、ゼトが再度スタートを切った。
追うゼトに、王子が気づき王子も走った。
ゼトが加速する。もうすぐ傍に、迫ってきている。
さっきまでは…………。
ゼトが壁を蹴り、細い脚で跳躍した。
そして次ゼトが現れたのは、王子の目の前。
「捕まえた!」
ゼトが王子の胸を両手で触れた。
「あっれ~もう少し粘ると思ったんだけどな」
「……足、遅いんですね!王子殿下」
「……………………」
「……………………」
「お前………………」
「なんですか?」
ゼトは、笑っていた。
両者とも、肩で息をしている。
「いや……なんでもない」
「次、何します?」
「また鬼ごっこですか?」
ゼトの三白眼が、光った。
「……得意げだな」
「いえいえ、偶然ですよ」
王子が頭を振った。
「いや。少し休憩しよう」
「ちょうどおやつの時間だ」
「お前の話を聞きたい」
「はい」
回廊を進む。
王子の少し後ろをゼトが歩く。
「………………」
「………………」
王子は、拭いきれない違和感と戦っていた。
今日王子は、ゼトとどんな遊びをしようか、胸を膨らませていた。
だが、実際遊ぶと虚しい気持ちにさせられた。
この虚しさがなんなのか、王子は自身で理由がわからない。
確かにわかるのは、
………………楽しくないこと。
だが。最後の瞬間は、良かった。
ゼトが壁を蹴り空に舞った時、王子は猛ったのを感じた。
「お前…………」
王子が後ろのゼトに語りかける。
不意に振り向くと、ゼトは笑っていなかった。
「……騎士団長のこと、お父様って呼んでるんだな」
「え?…………ああ、そうですね!父は厳しいので!」
ゼトがまた笑顔を作った。
――――笑顔を、作った。
「……ああ」
そうか。王子は合点がいった。
「お前俺と遊んでて楽しいか?」
「はいい?」
「……楽しいか?」
「鬼ごっこ、手を抜いてたろ」
王子に追いつかぬよう、一定の距離を保って走っていたゼト。
最後の一瞬だけ、本気を出した。
王子には、そう見えていた。
「……そんなあ、本気でしたよ」
「その顔も」
「……お前わざと笑ってるだろう」
王子はそういう顔を、よく見ている。
「はっきり言え」
「……………………」
ゼトから表情が消えた。
どこか眠たげでふてくされたような少年が、そこにいた。
「めんどくせえなあ」
「王子にはっきり言えって言われて言う馬鹿がいるかよ」
一段、低い声だった。
そうか、それがお前の素か。
「……少なくとも騎士団長は、無駄な世辞は言わない」
ゼトが笑った。
この笑いは違う。どこか嘲笑を含んでいた。
「お〜お〜親父はずいぶん殿下に好かれてるなあ」
「……お前やっぱりお父様なんて呼んでないじゃないか」
「お父様って面かよ、あの熊がよ」
まあ確かに。
王子は頷きかけた。
「なんで嘘付いてるんだ」
「気に食わねえからだよ」
「普段いねえくせに、たまに帰ってきたらなんだ、王子の遊び相手になれだあ?」
「勝手なんだよクソ親父が」
「なんで俺が親父の仕事に付き合わなきゃならねえんだ」
「俺は暇じゃねえ」
「………………」
「騎士団長は、そんなこと」
「かばうじゃねえか」
「……お前が息子になったら?」
ゼトがせせら笑ったその刹那、その横っ面に拳が飛んだ。
小柄な身体がよろめき、バランスを崩して倒れた。
「ってえな……」
「……俺の父は……一人だけだ」
「騎士団長だって、お前だけの父だろう」
「直ってねえじゃねえか暴力王子!」
ゼトが起き上がり、王子に飛び掛った。
王子の片頬に平手が飛ぶ。
「お前町でも有名だぞ暴力王子ってな」
「……何を……」
「知らねえのか、だから嫌だった」
「……親父はそんな暴力王子のとこに俺を放り込む」
「クソ親父だ」
また、王子の拳がゼトに飛ぶ。
「俺の悪口は言え」
「……騎士団長は違うだろ」
また、ゼトの拳が王子に飛んだ。
「ちがくねえんだよ」
「親父が全部悪い」
そしてそれは、2人を見咎めた使用人が止めるまで続いた。
夕刻、ゼトは大きな手に頭を押さえつけられていた。
「…………」
「謝れ」
「嫌だ」
「謝れ!」
「嫌だクソ親父!」
正面にいる王子の両頬は、赤く腫れ上がっている。
頭を下げさせられているゼトも同様に。
騎士団長が息子の頭を押さえつけながら、自身も王子に頭を下げている。
「愚息が、大変失礼を致しました」
「……もう、顔を見せぬようにいたします」
「…………」
王子が目を伏せた。
「いい、余計なことするな」
「しかし」
王子が騎士団長を手で制し、ゼトを見つめた。
「…………ゼト」
「……今日は俺の勝ちだ」
「ああ?」
「……俺の方が一発多くぶったからだ」
「はあ??俺の方が多かったよ」
「お前は計算ができないのか?」
「王子こそ」
騎士団長が息子と王子を交互に見つめる。
「じゃあ明日決着をつける」
「いいだろう、受けてやる」
同時に、二人の頭へ拳が落ちた。
「……明日は両方謹慎。いいですね?」
騎士団長の低い声に、王子とゼトは揃って顔をしかめた。




