第20話 王太子の生誕祭
王子は、この日七つになった。
王太子の生誕祭は、国を挙げた催しである。
普段王宮へ上がれぬ貴族らまでが、次代の王を一目見ようと門をくぐっていた。
「さあ今日の主役、王子殿下のご登場でございます」
着慣れぬ重い衣服を纏う。
ゴテゴテとした装飾が、衣服の重さを増していた。
会場に姿を現した王子に、皆が注目していた。
艶のある黒髪は灯りを受けて蒼く光り、紅玉の瞳は怯まず正面を見据えている。
王子は厚手の絨毯が敷かれた階段を、一歩ずつ降りていった。
――王は、来ることができなかった。
王子は胆力のある少年であった。
こうして衆目に晒されていても、物怖じせぬ。
大勢の貴族を見渡す余裕すらあった。
そして見渡した先に白金色の小さな姿を見つけ、王子は小さく微笑んだ。
よし、来ている。
しかし、その隣に亜麻色も見つけ、すん、と表情が消えた。
お前はいらない。
「皆、今日は俺の誕生日に集まってくれてありがとう」
「残念ながら陛下は諸事情により出席できぬ、だが、だからといってがっかりしないでほしい」
「今日の日を皆とともに楽しみたいと思い、色々と催しを用意した」
「どうか寛いでくれ」
「乾杯」
王子の合図を皮切りに、宴の鐘が響いた。
王子が隣の宰相に頭を寄せた。
「どうだ、完璧だろう」
「文句のつけようがございません、素晴らしい」
ふん、王子が鼻を鳴らした。
ここ数日、宰相に散々叩き込まれた甲斐はあった。
「殿下」
「ん?」
「お誕生日、おめでとうございます」
「なんだかしこまって」
「言わねばなるまい」
「照れるな宰相」
「……あなたのお部屋に、私からの祝いの品を届けさせます」
「どうぞ受け取ってください」
「期待するぞ?」
「さあ、ガッカリするやもしれませんな、殿下は」
「おいおい」
「安心なされよ、あなたが喜ぶ、間違いのないものを選びましたとも」
そして王子に人だかりが出来る。
祝いの声が止まぬ。
人の名も、入り乱れている。
王子には、誰の顔が誰の名と結びついているのか、分からなかった。
そして今日は考えるのをやめた。
王子と背丈の近い少年が、親に促され前へ出た。
少年は緊張した面持ちで王子を見上げ――目が合った瞬間、ぱっと笑顔を作った。
「おめでとうございます、王子殿下」
「ありがとう」
作ったような笑顔だった。
おめでとうございます。
ある者も、王子の前で笑顔になった。
そして背を向けた瞬間、その笑みが消えた。
「…………」
王子は首を傾げた。
「王子殿下!お誕生日おめでとうございます!!」
会場に一際大きな声が上がった。
野太いが、快活な声。
現れた騎士団長は、いつもの甲冑姿ではなかった。
ヒゲは剃られ、貴族服で身なりを飾っている。
その体躯に合わせた上等な着こなしだ。
意外と様になっている。
「……遅いんじゃないのか?」
「出征中だったのです、これでも早馬を走らせてきたんです」
「ちゃんとあなたの誕生日に間に合わせねばと努力しました」
騎士団長が持ったグラスを王子のグラスに重ねた。
キンッ。尖った音がする。
「ひとつ大きくなられたあなたに、乾杯」
「乾杯」
騎士団長がグラスをあおって空になったグラスを給仕に渡した。
騎士団長はずっと笑顔だ。
「お前今日機嫌いいのか」
「ええ、いいですよ」
「何せ殿下のお誕生日だ」
「皆があなたを祝いに来ている」
「壮観ですな」
「…………」
「嬉しいさ。俺は注目を浴びるのは嫌いではない」
だが、胸の奥に何か引っかかるものが残っていた。
この気持ちが何なのか、王子には分からない。
だが。
眼の前の男に、それは感じない。
「おお、さすが王となられる方、度胸がおありだ」
「褒められるのも嫌いじゃない」
王子が笑うと、騎士団長が強めに王子の背を叩いた。
ガハハハ、笑っている。
「お前もしかして酔ってる?」
「お兄さま」
王子の側に人気が無くなったのを見計らったのか、
小さい声が聞こえた。
白いスラックスの影に隠れ、そこから王女が顔を出している。
「シエル」
王女がおずおずと前へ出た。
王女の両手は、後ろに隠されている。
今日は王女もおめかししている。
「……今日は、お前もゴテゴテしているな」
隣の騎士団長が王子の背を叩いた。
王女が小首を傾げる。
言い方を間違ったらしい。
王女が後手に隠したものを、王子の前へ突き出した。
「……お誕生日、おめでとう」
「あ……ありが」
脱兎。
素早い動きであった。
王女はまた白いスラックスの影に収まった。
王子の手に残されたのは、王女から託されたリボンの付いた小箱。
王子は目を細めた。
去年は後日侍女から届けられただけだった。
だからこうして手渡されるのは、はじめてだ。
白いスラックスが話し始めた。
「王子殿下、お誕生日おめでとうございます。今日からの一年も、あなたにとって
健やかなものでありますように」
「ああ、礼を言う」
「……王女殿下は、お恥ずかしいようです」
「お渡ししたプレゼントは王女殿下があなたのために選ばれました」
「どうぞ大事にして差し上げてください」
「お、おう……」
なんでお前に通訳されないといけないんだ。
気を持ち直し、王子が屈んで王女と視線を合わせた。
「ありがとう、シエル」
王女は今度こそ、顔を隠してしまった。
順当な誕生日会。去年と変わらぬ盛大な儀式。集まってくる貴族、祝う声。
いつもと同じ、だが今年はちょっと違う。
妹が、祝ってくれた。
騎士団長が、祝ってくれた。
――――――俺は満足だ。
王子が退席しても、催しは続いていた。
静かだった王宮に、音楽と、人の声が響いている。
寝間着に着替えた王子が、侍女に問うた。
「父上は、お話できるか?」
侍女が、小さく首を横に振った。
「申し訳ありません、どうしても」
「今日も、出席なさろうとされていたんです」
「いいんだ」
王子が制止した。
「父上のお加減が悪いなら、いい」
「俺はもう、七歳だから」
侍女が退出し、王子の部屋の明かりが消える。
「…………」
寝台に寝転がり、目をつぶる。
「誕生日、おめでとうエリオス」
王子はそうつぶやき、毛布をかぶった。




