第15話 王子の父
「エリオス」
王子が目を見開き、呼ばれた方を振り向いた。
杖を突き、宰相を伴った男が立っている。
――父だった。
「父上!」
「父上、ここで猫が生まれたんだ」
「ここでシエルがよく絵本を読んでる」
「父上疲れてないですか?」
王子が王の回りをうろつき、跳ねる。
そのたび王は短く答えた。
「エリオス、お前こそ疲れないのか。先程から動き回って」
「俺は大丈夫!何せ鍛えているので」
「そうか、頼もしいな」
遊ばれているの間違いだろうな。
呟いた宰相の腕を、王子が叩いた。
庭園を散策する王の足取りは重い。
杖を持つ骨ばった手。
こけた頬。
シワの目立つ首。
白髪交じりの黒髪。
王子は目をそらした。
宰相が支え、王がベンチに腰を下ろした。
「エリオスは、お前の手を煩わせていないだろうか」
王が宰相を見た。
王子が王の後ろで宰相を睨めつけた。
「……殿下は活発なお子です。その明るい気質故に後見の騎士団長ともうまくやっておられるようですよ」
王子は宰相の答えに満足した。
うんうんと頷き、それを宰相が白い目で見ていた。
「そうか、少し心配していた」
「この子は甘えん坊だから、他の者と上手くやっていけるだろうか、と」
「はっはっはっ……そちらの心配でしたか」
「甘えん坊……確かに陛下の前の殿下はお可愛らしいですが」
宰相が横目で王子を見た。
王子が王の後ろで宰相をじとりと見上げた。
「いい天気だな」
「ええとても」
「騎士団長に、エリオスを頼むとよろしく言ってくれ」
「ええ、そのように」
「シエルは……公爵だったか」
「はい」
「公爵にも、よろしく伝えてくれ」
「はい」
王子が王の袖を引っ張った。
「父上、あいつにはよろしく伝えなくていい」
「なんだエリオス、嫌いか?公爵のこと」
「……シエルがあいつばかり構う」
「はは……シエルは母親似だな」
「母上?」
王子が今よりもっと小さい頃に亡くなった王妃。
王女は、顔すら覚えていないだろう。
今も王子の脳裏には、微かに面影が残っていた。
肖像画の母より、面影はずっと綺麗だった。
「ああ、お前たちの母親、エリザベス」
「なんで母上だ?」
「エリザベスに私のどこを好いてくれた、と聞いたら」
「……顔が一番好きだと言われた」
「昔わたしは美男だったから」
王子が宰相を顎でしゃくった。
宰相が胡乱げに王を見た。
「……陛下は今でも美男ですよ」
「……おい宰相……優しいとこも父上のいいとこだ」
「分かっておりますとも。こういう茶目っ気のあるところも王の良いところです」
「いや待て、父上は俺のお願いもすぐ聞いてくれる、そこもいい」
「王は誠実でいらっしゃる」
「宰相め!それは俺が言おうと思った!」
「父上はかくれんぼも上手だ」
「王は穏やかな気質でいらっしゃる」
「うう……」
「これこれ、喧嘩をするな」
「お前たちが私を好いてくれているのは分かったから」
王が王子の頭を撫で、宰相の背を叩いた。
「エリオスは私に似たな、将来が楽しみだ」
王が、目を細めた。
そして、王子の頬を撫でた。
「……宰相たちにも甘えなさい、エリオス」
「…………」
「うん」
その日王子は肖像画の前に立っていた。
普段はあまり来ない。
父と、母、そして幼き王子自身の3人が映っている大きな画。
肖像画の父は、今よりずっと若い。
母は静かに微笑んでいる。
違う。
こんなものじゃない。
「この絵師は下手くそだ」




