第13話 子どもたちの変化
「ルシ、明日来る?」
幼子の珍しく明るい声が、王宮内に響き渡った。
「ええ、いらっしゃる予定です」
「何時?」
「そうですね……きっと殿下が朝起きて、ご飯を食べて少ししたら」
「……じゃあシエル、早起きする」
幼子の顔がふわりと綻ぶ。
若い侍女が、王女の問いに一つずつ答えていた。
待ち人の訪れが待ちきれないらしい。
最近ようやく、王宮でも見られるようになった光景だった。
「……王女殿下、ごきげんよう」
宰相は、横切った王女に礼をした。
ごきげんだった王女が宰相を向く。
「……うん」
王女は、宰相には言葉少なかった。
これでもまだ緩和したほうだ。
少し前なら、無視をされていた。
ここ一ヶ月、王女の側付きの侍女は一度も変わっていない。
自身の執務室に戻り、宰相は息を吐いた。
「……ルシ、か」
「随分と懐かせたものだ、あの若造」
薄笑いを浮かべた小憎らしい若者の姿が、宰相の脳裏によぎった。
数ヶ月前、宰相の執務室にその姿があった。
王女の後見人になりたいと、そう宰相に直談判してきた若い公爵。
――――後見人の選定にお困りだとか。
――――王子殿下は、王となられるお方です、宰相閣下のご経験の下お育てされたほうがよろしいでしょう。
――――ただ私は……王女殿下の、お力になれぬだろうか。と思っているのですが。
誠実そうな面。
腰の低い態度。
礼儀、作法。
すべてが整っていた若者は、どこか作り物のようだった。
――――父を思い、寂しさを隠す王女殿下に心打たれまして。
――――殿下をお支えしたい。その私の思いを汲んでくださった方々からも、こうして文が。
公爵の差し出した文は大勢の諸侯の推薦状。
文に押された印が、本物であることを物語る。
そのとき戦慄したことを思いだす。
そのときすでに遅かった。
頼みの防壁は、陥落した。
誰にも心開かなかった紫水晶は、あの通り。
――――侵食の、足音がする。
そして突然、執務室の扉がけたたましく鳴った。
ドンドンドンドンドン!
ええいやかましい五回も叩くな!
こんな無遠慮、一人しかせぬ。
「殿下、二回でよろしい」
そして扉が豪快に開かれた。
「宰相!あの後見人は駄目だ!」
人の部屋に入るなりこれだ。
王子には今一度礼儀を教え直さなくてはなるまい。
宰相は頭を抑えた。
「後見人、ですか」
「そうだ!なぜ勝手に騎士団長を選んだ!」
「俺に選ばせろ!」
真っ直ぐな抗議だ。
この幼子は王太子らしく、自尊心に満ちていた。
「……人選に、ご不満が?」
王子がぐっと片腕を挙げた。
「異議を申し立てる!抗議だ!」
どこぞで聞いたような台詞を言う。
王子が挙げた片腕をそのまま宰相に突き出し、腕をまくった。
「見ろ宰相!」
「あいつがきてから俺の身体はボロボロだ!」
幼子の腕は、擦り傷や青痣が残っていた。
つい先日まで、他人の身体をボロボロにしていたのはどなただったか。
宰相は出かけた言葉を飲み込んだ。
騎士団長がきてから、王子は使用人に暴力を向けなくなった。
代わりに、騎士団長を追い回すようになったのだ。
挑んでは転がされ、手を出しては沈められた。
そして王子の身体は生傷だらけになっていた。
「座学にも支障が出ているんだぞ!どうしてくれる!」
教師から報告は受けていた。
この王子、騎士団長に遊ばれて振り回された後、疲れているのか、
座学では机に突っ伏しているのだという。
どう答えるべきか。
宰相が逡巡していると、王子が窓に飛びついた。
「あっ騎士団長!やっと見つけた!」
窓の外には騎士団長の姿。
「クソ!どこにいたんだ、俺に黙って!」
「次は勝つ!」
王子が地団駄を踏んで踵を返した。
「殿下、ほどほどになされよ」
「それでは勝てない!」
じゃあな!王子は片手を振って嵐のように去っていった。
「……後見人は交替しなくていいんですな?」
答える者はいない。
――――ああ、今日の座学も無駄になるだろう。




