第12話 誰に振るった拳
「殿下、まだ続けられますか?」
今日何度目になるか分からぬほど。
地面に転がされた王子は、拳を振ろうとして、その手を引っ込めた。
もう、王子に挑む気力は残されていなかった。
「……今日は、やめる」
「今日は?諦めの悪い子ですなあ」
大の字になって倒れ込んだ王子の横に、 騎士団長が座り込んだ。
「少し体力がついてきた気がする。明日は行ける」
「……どこからその自信が?」
「殿下、挑むのは構いませんが、あなた最近座学の授業寝てるそうですね」
王子が顔を背けた。
「……寝てない」
「宰相閣下から小言を言われるんです、私が」
「起きてはいる、突っ伏してるだけだ」
「誰がそれを信じますか」
王子は遠くの空を見あげていた。
茜色が、映えている。
明日も、勝てる気はしなかった。
いつまで経っても、差が埋まることはないような気がした。
だが。
「……なんだ、俺が鬱陶しいか」
「なんですか鬱陶しいって」
「お前も忙しいんだろう」
騎士団長が、ずいと王子に寄った。
「殿下の後見人は、誰ですか?」
「お前だろう」
「宰相に頼まれて、俺の後見人をやってるんだ」
「殿下」
「俺はどうせ勝てない」
王子は騎士団長に背を向け丸まった。
「そうですね、殿下は勝てません」
「ああ?」
王子が反射で起き上がった。
跳ねた黒髪が揺れる。
違うだろう、今のは!
騎士団長は、笑っていた。
「……殿下の拳は、私には届きません」
「なんで!」
反射的に声が出た。
「さあ?ご自身を見つめ直すことです」
「殿下の力が通じたのは、誰だったか」
王子の脳裏に、頬を割いた爪、歯型、靴跡。 それらがよぎった。
その傷を負ったのは、いずれも。
ギュッ。王子が小さな体躯をさらに小さくした。
土の香りが、王子の鼻先を掠めた。
「殿下は強いお子だと私は思います」
「私などいなくとも、あなたはいずれ強くなられたことでしょう」
「しかし」
「私があなたを強くしたいと思った、だから後見人をお受けしました」
「まあ、あなたにとっては災難だったでしょうが」
王子が身体を反転し、騎士団長に向き直った。
「災難だ」
「でしょうね」
「だが」
「…………おかげでわかったこともある」
王子が拳を握った。
目の前の男は、傷つかぬ。
だが、他の者は。
騎士団長が王子の頭を撫でた。
王子が、目を丸くした。
「殿下、ちょっとこれからは趣向を変えませんか」
「なんだ、それ」
「今までのように殴りかかっていては、ただの通り魔です。まあ賊です」
「……もっとかっこいい戦い方を、学びませんか」
「かっこいい?」
ピクリ、王子の耳が動いた。
「そう、殿下はかっこいい男子に興味はないですか」
王子が数秒戸惑い、そして顔を背けた。
「俺は……今でもかっこいい」
「そう来たか……では今よりもかっこよくなりたくは?」
王子は言葉に詰まった。
「………………」
騎士団長が、立ち上がる。
「答えが出たら、来てください」
「あなたをかっこいい男にしてあげましょう」
王子を置き去りに、勝手なことばかり言う男。
やはり騎士団長はクソだ。 すぐ振り回してくる。
だが、”かっこいい”か。
……その響きは、悪くなかった。
明日も騎士団長のもとへ行こう。
王子は、そう思った。




