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第10話 王子の後見人

「お、珍しいですな王子殿下が庭に出ておられる」


 宰相の執務室に似つかわしくない、快活な声が響いた。

 焦げ茶色の短髪、碧色の瞳の大柄な男だ。いつもは甲冑を纏っている。


 この男が、騎士団をまとめる総代であった。

 窓の外、視線の先で王子が使用人を追い回し、かけっこをしていた。


「元気で結構」

 騎士団長が窓の外を見て笑った。

 大きな声がまた執務室に響く。

「元気すぎるのも考えものだ」

 楽しげに笑う騎士団長とは対照的に、宰相はため息を漏らした。

 ハハハ……笑い声が小さくなり、騎士団長が、口を開いた。


「……見ました」

「使用人たちの手傷」

「左様か」

 説明は不要だ。


「殿下の御心は、鎮まらん」

 宰相がまた、窓の外に目を移した。

 もう、王子はそこにいない。

 

「……側仕えを希望する者ももうおらぬ」

「……お寂しいのでしょう、子どもにはよくあることです」

 騎士団長が、首を傾げて薄く笑った。

 ――――ああ、やはり貴殿なら。

 

 宰相は改めて騎士団長に向き直った。


「……話がある」



 

 ――――――――――――


 王子殿下の、後見人になってはくれないか。


 騎士団長は宰相からそう打診された。


 王が病に倒れ、幼い後継者たちの心身を預かる者が必要になったのだろう。

 異論はないが、聞いては置きたかった。

 何故私に?そう騎士団長が問いかけると、宰相は答えた。


「王子はいずれ王になられる。

 貴殿のような男を傍に置くのは、悪い話ではあるまい」


 宰相はそこで一度言葉を切った。


「……同じ年頃の息子もおるだろう」


 なるほど。国防に強い王。それは、騎士団長も望むことであった。

 そして要するに息子にとっても悪い話ではない。と宰相は言っている。

 それも騎士団長にとって魅力的な提案であった。


「……それに、老いぼれの私では、とても殿下をお支えしきれん」

 次もなるほど、確かに。と騎士団長は頷いた。

 その直後、宰相が腕を叩いてきた。暴力的な御老体だ。

 まだ元気があるではないか、そう思って気づいた。

 謙遜した部分は否定すべきだったのか、と。

 騎士団長は社交が苦手だった。


「……受けては、くれぬか」


 宰相の小さくなった背を見て騎士団長は目を伏せた。

 そして大きく頷いた。


「……閣下、少しだけ、お時間をいただけますかな」

「いえ、そんなにお待たせはしません」

「……ただ、ここで即答してしまっては軽い男と見られましょう」

 ハッハッハッ。

 騎士団長が歯を見せて笑った。

「思わぬわ……」

 宰相が天を仰いだ。


「しかし私は息子の扱いにも苦慮しておる男です、上手くやれるかは、わかりませんぞ?」

「……それでよい……もとより貴殿に完璧など求めておらぬ」

 最後の言葉で、騎士団長は不満げに眉を寄せた。


 ――――それが、数日前の出来事だ。


 王子に伝えるのは早いほうがいい。

 居所は探さずとも分かった。

 王子のいる場所はいつも活気に満ちているからだ。


 今日は宮殿内の廊下で何やら揉め事を起こしていた。

 王子の周りを使用人が囲んでいる。


「また座学か!俺は訓練がしたい!」

「学ばねばならない?父上に何かあってほしいと望んでいるのかお前たちは!」

「お前たちはいつも俺に――――」

 これはいけない。


 王子の首根っこを掴んで持ち上げる。

 軽い、軽い、王子はまだ幼子だ。

 簡単に後ろを取られる。戦場では致命的ですぞ、王子。


「王子は元気が有り余ってらっしゃる!」

「!?」

「いやしかしそれでこそ男子!」

「……なんだ……??……騎士団長!?」

 襟首をつかまれ、空に浮いた王子が手足をバタつかせた。

「殿下、使用人をそう叱りつけるのはよくありません。彼らもあなたを思っているとご自覚いただかねば」

 

「……???」

「改まって自己紹介するまでもありませんが、

 体裁は必要でしょうな、ヴィスラド・バルトルト伯爵、宰相より仰せつかり、王子殿下の後見人を拝命いたしました」

 

「これからともに切磋琢磨していきましょうぞ、王子殿下!」


「はあ???」


 後に王子は語った。

 騎士団長が後見人に決まったと知らされたときの気分は最悪であったと。

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