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第9話 また嘘をついたのか

 本日何度目かも分からぬ怒声が、庭園に響いた。

 

 ――――なんでシエルに会えないんだ!


 使用人らは頭を低くし、ただ黙して王子の怒りが収まるのを待つ。


 王太子は今年六歳。

 癇癪持ちで、感情の起伏が激しかった。


「父上にも会うな、妹にも会うな、お前たちはなんなんだ、俺は誰だ!」


 使用人の一人が王子の前に出た。

「王女殿下はお加減がすぐれぬようなのです、もう少しすれば元気になられましょう、今はお待ちを」


「いつだ」

「それは……王女殿下の回復次第で」

「昨日も、一昨日も、ずっとあいつはそうじゃないか!父上といっしょだ!何か問題があるのか!」


 庭の空気が張り詰める。


 王子は昔からこうだった。

 思い通りにならぬと声を荒げ、周囲を振り回す。

 使用人は苦々しく眉を寄せた。


 王女は体調が良くないのではない。

 ――――この王子を、避けているのだ。

 兄の癇癪が、王女の領域を侵すからだ。


 二つ下の王女は静かな子だ。

 だが一度心を閉ざせば、誰の声にも耳を貸さなくなる。


 兄妹は正反対であった。

 やんちゃ盛りの王子に振り回される一方、

 王女もまた別の難しさで使用人の手を焼いていた。


「……部屋に行く」

「あいつの、部屋に行く」

「いけません、王子殿下」


 使用人がとっさに王子の手を掴んだ。

 この男子は、常に使用人を警戒させていた。

 次どんな行動を取るか予測がつかない。


「お前たちは嘘をつく。シエルに会えない理由を直接見て確かめる」

「いけません、殿下」

「では理由を言え」


 理由をこの幼子に伝えるのは酷であった。

 表し方は苛烈であるが、王子なりに妹を気にかけているのだ。

 だからこそ、使用人たちは答えに窮した。


 今日、王女のもとに王子を行かせてはならぬ理由がもうひとつあった。


「シエル……?」


 王子がふいに王女の名を口にした。

 その視線の先には、王女の姿が。

 そして、もうひとり。


 「…………公爵?」


 使用人は今度こそ頭を抱えた。

 よりによってこんなときに。


 ――――今日は、公爵が王女の元を訪れる日であった。

 公爵に懐いた王女が、公爵の訪問を望んだのだ。

 それが今日だ。


 王女は公爵に手を引かれ、庭園を歩いていた。


 王子は、動かない。

 使用人は、黙した。――――黙するしかなかった。


 王女が、公爵の上着を引っ張った。

 公爵は自然な動作で膝を折る。

 王女が耳元で何かを囁き、公爵がわずかに目を細めた。


 その瞬間、王女が笑った。


 王子は動かなかった。


 怒鳴ることも、

 駆け寄ることも、

 ただその場で立ち尽くす。


「……なんで?」


 ――――王子はもう怒ってはいない。

 ただ、振り返った王子の目は、憂いを帯びていた。




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