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第100話 即位

「ここに新王、エリオス・ヴァレンティノ・アステルディア陛下のご即位を宣言いたします」


 新たな王の時代は、教皇の宣言と貴族らの形式的な拍手で幕を開けた。


 教皇が王冠をエリオスの頭へ載せた。

 だが、小さな頭に戴く冠は大きかった。冠がわずかに傾く。


 その瞬間、傍らに控えていた騎士団長が膝をついた。

 大きな手が冠を支え、落ちかけたそれをそっと正す。


 何事もなかったかのように、騎士団長は頭を垂れた。

 

 その玉座には、エリオスが座してもなお余白が残る。

 

 玉座に座しながら、王は集う貴族たちの姿を見た。

 王女、宰相、騎士団長……。最前列に、見知った顔が並んでいる。

 その奥に集う貴族らは皆一様に値踏みするような目を向ける。


 未だ、王の心はあの王公会議の中にあった。


 公爵と目が合い、王は動揺を見せた。

 王が頭を引くと、冠がぐらりと傾き、ついにずり落ちた。


 その瞬間、誰かが笑った気がして、王はギリリと歯噛みした。


 

「……ふん!」

 身につけた装飾を、王は寝台に投げつけた。

 重苦しい外套も、上着も、王の身を締め付ける邪魔なものは全て剥いだ。

 控えていた侍女が戸惑いがちに王に声をかけたが、王の耳には入らない。

 戴冠式と民への顔見せの祝賀パレードを経て、晩餐会を終える頃にはもう、夜も明けようとしていた。

 貴族らは未だあのきらびやかな空間にひしめいていることだろう。

 

 即位とともに、このだだっ広い部屋が新たな私室となった。

 まだ慣れない。

 この部屋はつい先日まで父のものだった。

 未だに部屋に入るのも息を呑む。


 王はまだ、この部屋にそぐわない。

 それを突きつけられたかのようだった。


「今頃貴族共は俺の悪口で盛り上がっていることだろうさ!」

 王の大きな独り言に応える者はいない。

 寝台に寝転がるが、瞳は冴えていた。

 身体ばかりが重く寝台に沈み込んでいた。

 侍女は黙って王が脱ぎ散らかした衣服を拾うに留まっていた。

 

「ははは、クソ公爵め、次はどんな手で嫌味を言ってくるかな」

「いや、次はアイゼングラード公かも知れないなぁ」

 誰も咎めない。

 王は好き放題に愚痴を垂れ流した。

「まったく、不敬罪でしょっ引いてやろうか」

「俺は王だぞ、分かってんのか」


 ——七年後。

 ——我ら諸侯一同、ご立派に成長された陛下のお姿を拝見できますことを、願っております。


「…………」

「あいつらの領地没収しようかな」


「じゃあその領地俺にくれるか」

「……ちょっと、止めるべきでしょうが!」


 場にそぐわぬ明るい声がした。

 寝転びながら声のした方を向くと、すでにゼトとセヴェルが王の寝室に入ってきていた。

 不敬な奴らだ。まず礼をしろ。

 

 ——俺は王だぞ。


「俺にはローデンバルド領をくれ」

「だから!そういう軽口も問題になると!」

「……セヴェル坊っちゃんも欲しいのか?……坊っちゃんはアイゼングラード領でいいよな?」

「ちょっと!」

 二人で王の寝台に近づきながら軽口を叩いている。

 セヴェルがゼトの頬をつねった。

 

 二人が寝台の傍でピタリと足を止めた。

 揃って口を噤み、深々と礼をする。

 

「……ご即位、おめでとうございます陛下」

 

 これには王も反射的に起き上がった。


「ああ、祝いの言葉、感謝する。……さっきも聞いたがな」

 

 王がようやっと口角を上げた。

 即位式が終わってすぐ。晩餐会の会場で。そして今。

 コイツらは何度祝いの言葉を口にすれば気が済むのか。

 

 寝台の端に腰を下ろし、王が二人を見上げた。

「……何時だと思ってるんだお前ら」

 部屋は薄暗く、隅の柱時計すら見えぬ。

 二人の顔にも眠気の色はなかった。

 ゼトの三白眼など爛々と輝いている。


「……まだ夜は明けないぜ、エリオス」


 ゼトの声に、後ろで控えていた侍女が何やら菓子や瓶が納まった籠を差し出してきた。


「晩餐会の始まりだ」

 

 ゼトが歯を見せ笑った。

 さっきやっただろ。

 よく見やれば、先ほどまで騎士団の重い上着を羽織っていたゼトは軽装へ着替えていた。

 セヴェルもいつもの堅苦しい正装ではない。


「……明日も忙しいんだが?」

「……僕も眠いんですけどね、無理やり連れてこられました」

 セヴェルがゼトの腕を叩き、王は肩をすくめた。

 仕方ない。

 王は立ち上がり、ソファへと向かった。


 飲めない酒の代わりに果実水。

 晩餐会で散々食べた後だと言うのに、焼き菓子はすんなり腹に納まった。


「……臣下の貴族共は俺を王と見ない」

「……お前らは晩餐会だのなんだのと振り回す」

 

「俺は王だぞ」

 

 王の口から出るのは愚痴ばかり。

 ゼトがうんざりした顔を見せ、セヴェルは果実水の入ったグラスを嗅いで首を傾げた。

「……お酒持ってきてませんよね?」

 そう、セヴェルはゼトに耳打ちしていた。


「明日早々に宰相のとこ来いって言われてるんだぞ、もう何時間もない」

「宰相が来いよ、気軽に王を呼びつけてくれるよな」

「…………」

「僕も呼ばれています」


 どいつもこいつも。

 今さらのように、ふつふつと怒りが込み上げてきた。

 ——いいや、腸はずっと煮えくり返っていた。

 

 公爵を筆頭に事前に示し合わせてきた諸侯共。

 七年後?成果を見せろ?品定めでもしているつもりか。


 そっちがそう来るのなら。


「聞けお前ら」


「諸侯らに七年後とか注文を付けられたが、そんなものは関係ない」

「なぜ俺が奴らの言うことを聞かないといけない」

 

 喧しい奴らだ。

 俺を誰だと思っている。

 

「……簡単だ、奴らがひれ伏す王になればいい」


「ほっほっほ、デカく出たもんだ」

「……僕それ覚えていますからね、陛下」

 ゼトが茶化すように笑い、セヴェルは諭すように苦笑った。


 おもむろに王が立ち上がり、向かいに座っていた二人の間に身体をねじ込んで座った。

 そして一拍置いて独り言のようにつぶやいた。


「……首輪を付けよう」

「奴らに似合いの首輪を」


 聞いた二人が押し黙った。

 王の瞳はあまりに真剣であった。

 ゼトの減らず口が、止まるほど。

 

 王がゼトとセヴェルを交互に見比べ語った。

「……ゼトは翠玉」

「……セヴェルは琥珀かな」

 なんのことやら。首をかしげた二人が怪訝な顔で王を見やった。

「……何の話だ」


「首輪につける宝石だよ」


 王が果実水をあおった。


「あ~公爵の野郎にはどんな首輪が合うかなあ」


 ゼトとセヴェルが同時に果実水を口に含み顔を見合わせた。

「……酒は入ってない」

 

「待ってろよ諸侯共……」

 

 ◇



 晩餐会の会場を抜けて、一人回廊を歩く公爵を追う者があった。

 足音は軽い。

 ——撒こうか。一瞬思ったが耳に届く小走りの音は、馴染み深い音だった。

 最近は聞けなかった音だ。


 公爵は目に留まった椅子に腰を下ろし、追ってくる者を待った。


「……疲れたの?」

 その紫水晶の瞳は心配の色を宿していた。

「いいえ」


 王はもう晩餐会を抜けた。

 夜も更けている。王女の姿をこの夜会で見るのはどうにも慣れなかった。

「……もう遅い、王女殿下はお戻りになったほうがよろしいでしょう」

「公爵は?」

「すべきことがございますので」


 それきり王女は黙り込んだ。

 その瞳は感情を宿さず、ただ公爵を見続けていた。

 公爵が立ち上がり王女を見下ろす。


「……私室までお送りしましょうか」


 手を差し伸べたが、王女はその手を取らなかった。

 ただ、もの言いたげに公爵を見つめている。

 

 公爵はしばし待った。

 王女がその口を開くまで。


 そして王女がようやっと口を開いた。


「王公会議でなんであんなこと言ったの」

 

「お兄様が駄目なら、誰も王になれないよ」

「……わたしじゃないよね」


 目の前の紫水晶が不思議そうに見上げている。


「どうして七年後なの」

 

「…………」

 公爵は答えなかった。

 代わりにこう告げた。

 

「……陛下が力をお示しになれば良いだけ」


「……私はそれを、待っています」


少年期編をここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。


次回から物語は青年期へ進みます。

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