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第101話 七年後

 ——七年後。


「……ベルナス卿!」

 

 快活な声が王宮の外回廊に響いた。

 青年が長い脚で貴族に駆け寄ると、纏う蒼い外套が翻った。

 艶のある濡羽色の髪が跳ね、美しい紅玉の瞳が人懐こく細まる。


 その声に、呼ばれた貴族が振り向いた。

 恰幅の良い身体を揺らしてベルナス卿が青年に駆け寄った。


「ご無沙汰しております、陛下。お変わりありませんか?」

「王族は身体が資本だと、宰相に口喧しく言われているからな、気遣っているさ」

「ベルナス卿は……」

 王が横目でベルナス卿の腹を見た。

「見るまでもないか」

 ベルナス卿が笑う。

「……先日は我が孤児院にお出でいただきありがとうございました」

「あれ以来、子らは陛下の真似事をしておるようです」

 王の目が丸まり、その内に口角が上がった。


「……なるほど、確かに俺は魅力的だから」

 真似したくなるのも無理はない。

 王の言葉にベルナス卿が笑い転げた。王の腕を軽く叩き、礼をして立ち去った。

 

 ベルナス卿が去ると後ろに控えていた薄茶色の髪をした青年が王の肩を掴んだ。

「お急ぎください、ロッカス侯がお待ちですよ」

「……分かっている、俺は挨拶すら制限されるのか」

「僕は待ったでしょうが」

「お前の減らず口は変わらないな、セヴェル」

 王がセヴェルの腕を殴り、殴られた腕をセヴェルは大げさに擦った。

 

「小さな宰相がうるさいから早く行くか」

「ロッカス侯がお待ちだから急ぐんです」


 七年の歳月は、王を十八歳の精悍な青年へと成長させた。

 隣には、側近となったゼトとセヴェルの姿があった。

 その気さくな人柄も相まって、王を敬愛する民は着実に増えていっている。

 巷に蔓延る風聞紙に描かれる王は、未だ角と牙が生やされたままだが。

 

 早足で王が向かったのは諸侯——ロッカス侯の待つ応接室。

 彼の領地は王都よりずっと離れた場所にあった。

 王都に足を運んだついでの表敬訪問、そう聞いている。


「待たせてすまないなロッカス侯」

「いいえ陛下、ご多忙の所恐縮にございます」

 ロッカス侯は、王が顔を見せた瞬間から笑顔であった。

 王より頭ひとつ分高い背、日に焼けた肌がその身体を健康的に見せていた。

 対面に座ると話は和やかに進む。

 

「今年の小麦は豊作のようだな」

「ええ、お陰様で。これも陛下の治世の賜物ですとも」

 去年は不作だったな。

 口元に微笑みを浮かべた男を前に、王は言葉を飲み込んだ。

「ロッカス侯、お前は世辞が上手いな、だが俺をそのように煽ててどうするつもりだ」

「陛下は手厳しい方ですねえ、本心であるというのに」

「なんでも俺に結びつけるな、不作であれば俺に責任を押し付けるつもりか?」

「……滅相もない」

 乾いた笑いが場に満ちた。

 

「今年は雨に恵まれたそうじゃないか、それにお前たちの日頃の尽力の賜物でもある」

「素直に自領の成果を誇るといい」

 王の言葉にロッカス侯が深く頭を伏せた。


「ロッカス領の作物には王都も依存している」

「何か助けが必要なら、真っ先に手を貸すぞ」

 その言葉に幾ばくか沈黙が落ち、ロッカス侯が顔を上げた。

 その顔には笑みが張り付いていた。

 

「……王の御慈悲に感謝申し上げます」

 

「しかし、その御心だけ頂戴しておきましょう」

「王がおっしゃったように今年は天の恵もあり、王の恩恵に預からずとも、良さそうです」

 

「……そうか、ならば励めよ」

「俺はいつでも待っている」


 王は知っている。

 去年、ロッカス侯はローデンバルドとメイロードの力を借りていたことを。

 

 扉前で見送ったロッカス侯の背が小さくなるまで、王は彼を見つめていた。

 

「……身持ちが固いな」

「その表現合ってないですよ」

 また後ろから喧しい声が降ってきた。

 

「……うるさいぞ……」

「王は発言のひとつひとつを厳しく見られています、不用意な言動は慎んでいただきたい」


 眉を吊り上げて言い募るセヴェルに王は気が遠くなるのを感じた。

 宰相のほうがマシかも知れないな。

 そう思った途端、脳裏に浮かんだ宰相が愚痴を漏らした。

 言葉もまともに使えぬのかクソガキが。そう悪態づかれ王の眉間が寄った。

 

「……どっちもどっちか」

「何が。御託を述べている暇はないんです。さあ次に行きましょう」

「……次はなんだ」

 王がうんざりして天を仰ぐ。


「仕立てた衣装が届きましたから再度採寸を」

「めんどうな」

 

 セヴェルが王の肩を押して部屋の外へと追いやった。

 王は肩を押されるまま後ずさる。


「妹君と着るものを合わせるんでしょう」

 そうだった。大事なことだ。

 じろりと睨めつける琥珀色の瞳から目を背け、王はその外套を翻した。

 

「世界一かっこいい男にしてもらわないとな」


 

 エリオス同様、王女も成長し、——十六の歳を迎えていた。


「いいかシエル、会場で司会が俺達の名を呼んだら二人でお辞儀だ」

「…………」

「きっと色んな奴が声をかけてくるだろうが、笑顔を絶やすな」

「…………」

「最初のダンスは俺が誘うからな、他の奴に誘われても踊りたい人がいるって断るんだぞ」

「…………」


 王の隣には、王より幾分か背の低い王女の姿があった。

 しきりに王女に話しかける王に、口を閉ざしていた王女がしびれを切らしたように長く息を吐いた。


「……分かってるよ、お兄様」

「知ってても無視しそうだから、お前」

 王女の手は王の腕に添えられていた。


 二人の立つ扉の向こうでは、多様な笑い声が響いている。


「……緊張するなよ、シエル」

「お兄様がいるから大丈夫だぞ」


 王の合図で控えていた使用人が扉に手をかける。

 扉が開き始め、王はチラリと王女の胸元の飾りを見た。

 そしてそこに輝く色を見て、うんざりとため息を吐いた。

 

「……俺も贈ったのに」

 

 

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