06. 選ばれし者の出航(後編)
母船に入ると、そこはホールのような広い空間だった。
メタリックでもなく、真っ白でもなく、むしろ木の温もりに近い質感に気持ちが落ち着く。
光は柔らかく、目に優しい。
世界の各地域からシャトル船が到着しているのか、そこは人で溢れかえっていた。
年齢は20代が圧倒的に多いが、人種はさまざま。
それぞれが配信者として活動してきただけあって、ノリが良くテンションも高い。
見るものすべてが物珍しく、スマホ片手に辺りを見渡し、感嘆の声を上げる者、奇声をあげる者など、お祭り騒ぎになっていた。
少し前の“地球との永遠の別れ”で沈んでいた気持ちも一気に消え去り、賢人と聡太は喧騒に加わって新たな旅立ちを祝った。
ひとしきり騒いだあと、各自のスマホに表示された部屋の案内図に従って歩を進める。
重力も調整されているのか、浮いてしまうことはないが、地球とは明らかに違うフワフワした感じがなかなか慣れない。
いくつもある通路の一つを進むと、どこまでも続く廊下に沿って、左右にズラッと扉が並んでいる。
上部には立体的な識別ナンバーが浮かんでいた。
しばらく歩いてやっと見つけた。
〈section C-7 Kento〉
〈section C-8 Sota〉
隣り合った部屋の扉を開けた二人は、互いの顔を見て笑った。
「地球の格安ビジネスホテルより快適かも」
聡太は部屋を見回して小さく苦笑いを浮かべた。
「なんなら実家より快適かも」
「このスケジュールで個室まであるの……すげぇな」
事前に預けたスーツケースも、すでに部屋に届けられていた。
「しかし、すごい部屋数だな。何部屋あるんだ?」
「そりゃ、衝突までの4ヶ月で1億人運ぶんだから……何隻かあったとしても……1度に10万人は運ばないと間に合わないだろ」
「すげぇな」
それぞれの個室には、ふかふかのシートと簡易ベッド、AIによる通訳付きのスクリーン、簡単な配信機材まで揃っていた。
まさに「選ばれし者」仕様だ。
そのスクリーンに、静かに文字が浮かぶ。
「搭乗者は、船内での会話・行動が記録されることに同意したものとみなされます。」
「なるほど……そういうことか」
賢人はつぶやくと、端末のカメラを起動した。
「――というわけで、これが俺の“エリオス行き”宇宙船ルームです。
めちゃくちゃ静かで、どこから吸音してんのかも不明。
あ、隣にいるのはもちろん、みなさんご存じ編集担当の……」
「……聡太です。今、リクライニングで遊んでます。
このイス、めっちゃ座り心地いい。余裕で寝れるわっ!」
「こら、収録中!」
冗談を言い合っても、画面の中の自分たちはどこか緊張していた。
笑顔の奥に、“本当に戻れない”という覚悟がにじんでいた。
―――――
やがて、船内に緩やかな光が差し始めた。
BGMが一段階トーンダウンし、乗客たちは各自の部屋で再確認の通知を受け取る。
「まもなく出航します。安全のため、シートベルトを締めてください。
船体加速時に軽度の浮遊感が生じますが、健康には影響ありません。
全自動航行につき、到着までの約48時間は自由時間です。通信は一時的に制限されます」
相変わらず賢人の部屋に居座る聡太と二人、その時を静かに待つ。
それは、エンジン音も加速時の重力も感じない。
今まで味わったことのない、まさに浮遊するような出航だった。
そして、スクリーンの映像が切り替わる。
地球だった。
おそらく、宇宙船に取り付けられたカメラの映像。
地球が、青く丸く、ゆっくりと遠ざかっていく。
「……これが、最後の眺めか」
賢人はつぶやいた。
「おれ、地球ってそんなに好きだったっけ?って思ってたけど……」
「離れてみると、わかることあるんだよ。って誰かが言ってた」
「たぶん、お前じゃね?」
「マジで?」
ふたりの声はやがて重なり、静かに笑い合う。
その笑いも、やがて消えていった。無音の宇宙空間の中で、画面に映る地球が、点になるまで。
そして、賢人の言葉が映像の記録に残る。
「俺たちは今、地球から逃げたのか、それとも未来を選んだのか。
……答えは、エリオスで見つけるしかないんだろうな」
やがて視界は切り替わり、スクリーンには新しい惑星の地形データと、接近ルートが浮かび上がる。
ふたりの旅は始まったばかりだった。




