05. 選ばれし者の出航(前編)
早朝、賢人は小さなリュックを背負い、ひとり東京駅へ向かった。
スーツケースはドローンによって配送済み。
移住者には、移動を分散するよう指示が出ていた。
集合場所は非公開、端末に表示された時点で初めてわかる。
ホームで電車を待つ間、LINEに兄からのメッセージが届いた。
《兄:親父もお袋も、賢人のこと応援してるってさ。
お前らしくやれよ。動画、向こうでも撮れよ》
兄らしい、簡潔すぎる文面だった。
賢人は「了解」とだけ返し、ズボンのポケットにスマホをしまった。
―――――
同じころ、聡太は庭先で父親と向かい合っていた。
最後の夜ぐらいと、久しぶりに実家に泊まったのだ。
出社前のスーツ姿の父を見るのは、いつぶりだろう。
幼い頃は、その後ろ姿に憧れを抱いていたことを思い出す。
「これで……最後になるかもしれないからさ。顔、見ておこうと思って」
父は腕を組んだまま、しばらく何も言わなかった。
「おまえは、いつも想像以上のことをするな。呆れたよ」
「うん、俺もそう思う」
「25歳まで自由にしていいって言ったが、これは想定外だ」
父はふっと笑った。わずかに目尻が濡れていた。
「ちゃんと、記録を残せ。未来のために。……そして、元気でいろ」
それだけ言うと、背を向けて歩き出した。
後ろ姿が、どこか小さく見えた。
「……親父」
呼びかけようとして、やめた。
代わりに深く、頭を下げた。
―――――
丸の内の高層ビルの地下駐車場。
指定された場所に、無人の黒いバンが停まっていた。
集まっていた数人の年齢は20代前半がほとんど。
誰もが静かに、しかし心の奥では高鳴る鼓動を感じていた。
賢人と聡太もその中にいた。
「やっぱ若いやつばっかだな。
てか、あの人港区女子の有名TikTokerじゃね?」
「ほんとだ。あのキラキラ動画の人」
賢人はこっそりカメラを構えた。
撮影は許可されている。
ただし、宇宙船内での録画は“公共記録用”に共有されるらしい。
集まった移住者が2台の自動運転のバンに分かれて乗ると、すぐにドアが閉まり、静かに都心を離れていった。
賢人と聡太は隣りに座り、どちらともなく言葉を交わした。
「地球で最後に食ったの、カップ麺だったわ」
「俺、母さんのハンバーグ」
「勝ち組じゃん」
「でもさ、向こうで飯どうなるんだろ。合成肉?」
「たぶん。あと、めっちゃ味薄そう」
「じゃあ動画にするしかないな。“エリオス飯レビュー”」
くすっと笑い合ったあと、ふたりは黙った。
―――――
向かったのは、関東某県の山間に設けられた仮設スペースポート。
そこには、大気圏外に停泊している母船に向かう、シャトル船が停泊していた。
発射台に立つ宇宙船は、見る者すべてを黙らせる迫力だった。
見た目は流線型で、金属光沢を帯びた白い船体。
艦橋のようなものは見えず、人工知能による完全制御型らしい。
空港の搭乗ゲートのように整然とした手続きのあと、ひとりひとりがスキャンされ、機内へと案内された。
「さよなら、地球……って、まだ早いか」
「でも、これが“最後”の地球の空気かもね」
賢人と聡太も機内へと続く列に並んだ。
「緊張してる?」
「いや……思ってたより落ち着いてる」
「俺も。なんでだろ」
「たぶん……不安とか、怖いとか、そういう感情って、現実味がある時だけ湧くんだよ。これはもう、現実超えてる」
「それ、名言っぽい」
ドアが開き、ふたりは無言で中へ入った。
二人は最後に深呼吸をした。地球の空気を肺に刻み込むように。
―――――
シャトル船の内部は、複数階あるらしく、賢人たちが通された階には300席分ほどある椅子が、整然と配置されていた。
その、だだっ広い空間に、日本から搭乗する20人ほどがポツポツと座る画は、なかなかにシュールだ。
「まもなく離陸します。シートベルトを締めてください。」
そうアナウンスがあると、カチ、カチ、とアチコチから金属音が響く。
話す人はなく、息するのもはばかれるほど静まり返っている。
少しすると、足元から振動が伝わってきた。
賢人と聡太は目を合わせる。
体重が10倍にでもなったかのように、イスに押さえつけられる力を感じる。
爆音と振動と、10倍の体重。
永遠とも思われた時間は、実際には1分ぐらいだったと思う。
突然、音も振動もなくなり、今度は体重が半分になったような身軽さになった。
大気圏を出たらしい。
「無事、宇宙だな」
聡太の声は、静まり返った船内に、思いのほか響いてしまった。
しかし、それが緊張の糸を解いたのか、一斉に歓声があがる。
「宇宙、ヤバー」
「からだ軽いんだけどー、どこまでも飛べそう」
日本からのエリオス移住第一陣の間に、一体感が生まれた瞬間だった。
初めての宇宙体験に興奮していると、アナウンスが流れた。
「宇宙へようこそ!母船とのドッキングが完了したので、移動をお願いします。」
入ってきたドアとは反対側にあるドアが、音もなく開く。
母船へと通じる通路には小さな窓があった。
そこから見える地球の美しさに、みな足を止める。
「キレイだな」
賢人が独り言のようにつぶやく。
写真のような、その画を目に焼き付けると、一人また一人と母船に進む。
賢人と聡太も、何も言わず、肩を組みながら母船に足を踏み入れた。
使命感に似た覚悟がそこにはあったのかもしれない。




