04. 選ばれし者の移住決断
都内某所、1Kのマンション。
「マジかよ、これって……本物か?」
スマホを見つめながら賢人は、声をあげた。
画面に表示されたのは「エリオス移住に関する意思確認」のメッセージ。「YES / NO」の2択で今後の人生が大きく変わる。
「お前、押すの?」
部屋の隅で三脚を立て、機材をいじっていた聡太が顔を上げた。
大学進学で上京してきた一人暮らしの賢人の部屋。
世田谷の親元に住む聡太は、居心地の悪い実家に居たくなくて、逃げるようにココに住み着いている。
「いや、押すでしょ。宇宙人襲来か巨大隕石落下って。
配信であれだけ言ってた俺たちが行かないで、だれが行くんだよ
まさか、二ついっぺんに来るとは思わなかったけど。」
「お前の“予言動画”はまぁ当たったけどさ、本当に行くのか…あの星に…」
「行く行かないじゃなくて、俺の場合行くしかないし。
地球終わるんだよ?
しかもさ、オレもう就活もしてないし、実家帰っても兄貴の家族がいて、俺の居場所なんかないし。
逃げ道っていうか……チャンスってやつ?」
そう言って、賢人は「YES」をタップした。
聡太はしばらく黙っていたが、やがて静かにスマホを取り出した。
「25歳になったら親父の会社に入れって言われてるけど……今なら、逃げられるかもな」
「おー、いいじゃん。お前が編集してくれた都市伝説シリーズ、“これ当たってるじゃん”って今めっちゃバズってるぜ」
「バズっても、今は収益止まってんだけどね」
軽口を交わしながらも、聡太の指は「YES」へと伸びていた。
―――――
翌日。
彼らの部屋に、小型ドローンが現れた。ドアを開けると、直径30センチほどの球体がふわりと浮いている。下部から青白いスキャン光が伸び、彼らの全身をゆっくりとなぞった。
肌の微細な反応、網膜の揺らぎ、過去のSNSの投稿傾向まで読み取るという噂は本当らしかった。
「健康状態、ストレス耐性、攻撃性、知識の傾向……全部丸見えらしいよ」
「え、なにそれ。ちょ、裸にされてるみたいで恥ずいんだけど……」
「落ち着け聡太、次は俺もやるから」
音もなく終わったスキャンの後、二人のスマホにメッセージが届く。
《スキャン結果:適性基準クリア。第一陣候補に登録されました。》
続いて、AI音声による注意事項が再生された。
「これより先、あなたたちにはエリオス移住者の“第一陣”としての行動を求めます。
持ち込める荷物は、小型スーツケース1個分まで。
食品、生き物、植物等の持込は禁止。
出航は48時間後。詳細は今夜、別途通知します。」
「めっちゃ簡単!マジで、行くんだ……」
賢人はベッドに倒れ込んだ。
これまで動画配信のために「終末」だの「人工知能の陰謀」だのと騒いでいたが、いざ本物が目の前にあると、奇妙に現実感が湧かない。
「なあ、親に連絡する?」
「一応、する。……でも、もう反対されても遅いけど」
「俺んちもそうだな。“自由にしていい”の残り時間、これで使い切ったって感じ」
―――――
夜。
パッキングを始める二人。
「お前、ほんと黒ばっかだな。“エリオスでは黒はダサいです!”って言われたらどうすんの?」
上下、すべて黒、靴下や下着まで黒の賢人のスーツケースを見て、聡太があきれた。
「だったら、オレが地球のセンスってもんをエリオスで流行らせるし。」
「あっそ……なあ、やっぱカメラは持ってくよな」
「当たり前だろ。配信義務あるんだぜ?しかも宇宙から。
どのチャンネルよりバズる未来しか見えない。
収益はないけど」
「三脚、ミニにしとくか?あのでっかいのは無理っぽいし」
「あと、バッテリー……あっちでも電源あるかな?」
「さあな。でも、AIが全部面倒見てくれるって話だったから、なんとかなるっしょ」
聡太はカメラをケースに詰めながら、ふと窓の外を見た。
遠く、街の光が滲んでいた。
地球の、この“いつもの夜”が終わろうとしている。
―――――
出航前日。
最後にスーツケースのふたを閉めたあと、二人はベランダに出た。
「ここも……水没すんのかな」
賢人がレンズ越しに、黙って風景を捉え続けていた。
「賢人。……怖くない?」
「正直、ちょっとな。けど、向こうで本当に“新しい世界”があるなら、さ……見たいじゃん」
「だな」
撮影の合間、賢人はぽつりと言った。
「お前、ほんとはあんまり乗り気じゃないだろ。移住」
「うん、まあね。でも……親に決められた未来を生きるより、自分で選んだ星で生きるほうがマシかなって」
聡太の答えに、賢人は「だよな」とだけ返した。
海から吹く風が、二人の間を通り抜けた。
「地球での最後の映像、これでいいか」
「うん。これで十分。あとは、あっちで何が撮れるかだな」
その夜、二人は自分のチャンネルに「旅立ちの前に」というタイトルで最後の地球動画を投稿した。静かな音楽と、街の風景と、短いメッセージ。
《この星に生まれて、たくさんの時間を過ごしました。》
《未来を選べる人間は、少ない。》
《だからこそ、選んだことを後悔しないように、僕らは行きます。》
コメント欄は瞬く間に埋まった。
「泣いた……」「私も行きたい」「気をつけて」「記録、続けてね」「忘れないで、地球のこと」
モニター越しに世界が手を振っているようだった。




