09 嵐に刻まれた一日
大型宇宙船が雲間に消えたあと、港の空気は一瞬だけ凪いだように見えた。
しかしその静けさは長くは続かなかった。
港から少し離れた通信棟に、覆いかぶさるように緊張が戻ってくる。
「奴らが近づいてきている」
アランの声は落ち着いていたが、画面に表示されるレーダーの点は刻一刻と迫っていた。
動き出す西野の顔には、いつもの穏やかさの奥に決意が見える。
「ティムたちが行った以上、ここは死守する。
潜水艦のときに使った手を再度投入するんだ」
桜井が頷き、手元の端末に指を走らせる。
彼の声は短いが、命令口調ではなく、指揮者のそれだった。
「水中ドローン群と上空ファンを再展開する。
だが今度は相手も騙されてはくれない。
完全な排除ではなく、目標は『時間稼ぎ』だ。
そして、その時までエリオスの被害を最小限にすること」
傍受チームの通信室では、ハッサンとシヴァが無線を切り替え、海域と上空の状況を二重三重に監視する。
Room-Zの仲間たちもスクリーンに貼りつき、ドローンの操作端末に指を添えた。
「アラン、ファンの最適配置をもう一度頼む。
渦の中心を向こうの航路に合わせるんだ」
「了解。上空 Drift-Grid を使って、下降時の気圧勾配を操作する。
目標は、向こうの船団の航路を北へ逸らすこと。
波高を上げて、奴らが近寄れないようにする」
操作端末の小さな画面に、無数の青いアイコンが次々と表示される。
水中ドローンは魚群のように編隊を組み、上空の大型ファンは静かに待機エリアで回転数を上げる。
「行くぞ。投入―」西野の号令で、一斉に起動音が流れた。
機械の低い唸りが通信棟に伝わる。
遠隔操作のスティックを握る手に、Room-Zのメンバーの緊張が走る。
最初の効果はゆっくり現れた。
海面にうっすらと白波が立ち、雲がじわじわと渦を巻き始める。
海中の温度センサーが35度を示すと、気圧は少しずつ下がり、上空ファンの映像に渦の目が確認される。
「やった、雲が濃くなってきた!」タイラーの声に、操作室の顔ぶれが少し笑む。
だがその笑みはすぐ引き締まった。
端末の一隅に、敵側の位置を示す赤い点が留まっている。
「敵は速度を落とさない。
どうやっても、ここまで来るつもりだ」
ハッサンの眉が固まる。取り巻く空気が再び鋭くなる。
作戦は機能していたが、相手も二度目だ。
彼らは分散航路を取り、暴風の縁をついて来るだろう。
台風の暴風域は波高を稼ぐが、船を完全に寄せ付けないほどではない。
奴らは外洋の荒波を利用して、避航しつつも近づいてくる。
「うまくやっている。だが……」桜井の言葉が途切れ、モニターの映像を注視する。
「奴らは小型の無人艇や潜水具を複数展開している。
船自体が近寄れなくても、補助工作員を投下してくる可能性がある」
西野が俯く。
だが彼の顔には焦りだけでなく、深い計算と経験が刻まれている。
「ならば防御線を二重にしよう。
海上の高波で近寄れないようにするのと同時に、沿岸セクションに監視網を張り、遠隔望遠で怪しい動きを検出したら即座に小隊を派遣する」
Room-Zの画面に、各自の役割が次々と書き込まれていく。
アランは気象モデルの微調整を続け、ハッサンは通信傍受の周波数を増やし、シヴァは船舶AISの盲点を洗い出す。
「俺たちは外に出る。沿岸監視班だ」ジャックが短く告げる。
彼の言葉に、タイラーとオリバーも続く。
沿岸班の3人は、一人一隻の小型ジェット船に乗り込み、荒波を乗り越えて沖へと出た。
波しぶきが容赦なく体を濡らし、エンジンの唸りが荒れた空気に混じる。
一方、通信棟では、桜井がドローンの誘導や観測データの解析を続けていた。
桜井の手元のカメラ映像には一つだった赤い点が、やがて二つの赤い点に分かれた。
二隻のクルーズ船は進路を分けたのだ。
一隻は東から、もう一隻は西から、まるで網を広げるようにエリオスに迫ってくる。
赤い点が画面上でじわじわと近づき、アランが声を張り上げた。
「東西からの同時接近だ!」
西野が即座に判断を下す。
「台風をさらに拡大しろ。勢力を増して進路を塞ぐんだ。
中心気圧をもっと下げられるはずだ」
西野の指示で水中ドローンはさらに熱を放出。
上空のファンが回転数を上げ、雲の渦は一気に広がり、台風は直径三百キロを超える巨大な壁と化した。
「だが奴らも引かない……」
モニターに映し出されるクルーズ船の姿は荒波をものともせず、進路を強引に取ってくる。
その時、監視班として沖に出ていたジャック、タイラー、オリバーの小型ジェット船にアラートが走った。
「未確認接近物!数は……六、いや八!」
海面を低く滑る影。
クルーズ船から投下されたドローン型攻撃艇だった。
小型で高速、先端には鋭い衝角が光っている。
「来やがったな!」ジャックが操縦桿を傾ける。
ジェット船が波を蹴って跳ね上がり、ドローンの群れをかわす。
「オリバー、右舷だ!」
ジャックが装着したヘッドセットでオリバーに警告する。
「了解!」
オリバーが肩に載せたランチャーを構え、フレア弾を発射。
赤く閃光が走り、突進してきた一機が誤作動を起こして海に突っ込んだ。
「こっちは任せろ!」タイラーが操縦席を離れ、固定機銃を操作する。
弾丸が水面を切り裂き、ドローンの一機を蜂の巣にする。
だが残りは速度を落とさず、次々と波間を縫って迫ってきた。
「数が多い、持たねぇぞ!」ジャックの叫びに、オリバーが冷静に返す。
「時間を稼げばいい。港に近づけなければ勝ちだ!」
彼らのジェット船は、荒れ狂う波を利用して左右に激しく揺れ、ドローンを誘い込む。
そのたびにフレアや機銃が火を噴き、海面で爆発が花開いた。
何度も海に叩きつけられそうになりながらも、三人は踏ん張り続けた。
やがて、ドローン群は次々に被弾して沈み、残りは台風の暴風に巻き込まれて制御を失った。
「……撃退成功。こっちの被害なし」
オリバーの報告に、通信棟から歓声が小さく漏れた。
だが西野は静かに告げる。
「これは前哨戦に過ぎない。奴らは必ず、別の手を打ってくる」
巨大化した台風は依然として海域を覆い、クルーズ船の接近を阻んでいた。
海が暗闇に包まれても監視と操作は続けられ、全員の体力は限界に近づいていたが――それでも24時間、彼らは持ちこたえなければならない。
嵐の壁の向こうには敵の艦影がかすかに揺れている。決して消えてはいない。
だが港の人々は、胸の奥で確信していた。
――少なくとも、仲間たちが計画を実行するまでは、ここを守りきる。
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