表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君が降り立ったその場所が、僕たちの記憶とつながる  作者: 夢咲 言葉
最終章 君が降り立ったその場所が、僕たちの記憶とつながる

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/61

07 二つの世界を背負う条件

夜の会議室は、前回よりも一段と重たい空気に包まれていた。

蛍光灯は落とし気味にされ、机の上に広げられた地図だけが淡く光を返している。


「皆、座ってくれ」

西野が静かに声をかける。

集まった顔ぶれは、昨日と同じだが、どこか晴れやかな安堵の表情は消え、引き締まった覚悟が見える。


ドアが開き、スティーブが入ってきた。

白衣は脱ぎ捨て、ラフなシャツ姿だが、背筋はいつものように真っ直ぐ。

小さな端末を片手に、彼は押し黙ったままテーブルに向かった。


「スティーブ、状況は?」と西野。


スティーブは端末の画面を参加者たちに向け、淡々と報告を始めた。

だが、その口調にはいつもの冗談めいた軽さはなく、機械のように正確で冷たい響きが混じっている。


「隔離施設での仮検査の結果だ。

核弾頭は機能的に問題ないレベルまで復帰している。

コアの安定性、起爆回路のリセット可能性、放射能遮蔽の状態、全て想定の範囲内だ。

完全に“新品”とは言えないが、任務に耐えうる」


短い沈黙のあと、誰かが小さく息を吐いた。

窮地に立たされた者の胸にしか分からない、複雑な感情が会議室を漂う。


「それじゃ、本題に入ろう」西野が切り出す。

「誰が、操縦席に座るのか。」


視線が、参加者一人ひとりを素早く滑っていく。

誰もが瞬間的に目を逸らす。だが決断は待ってはくれない。


スティーブが、ゆっくりと手を上げた。

声は平常よりも低く、確信に満ちている。


「僕が行くよ」


その言葉に、会議室の空気が一瞬固まる。

ざわめきが起きかけたが、誰も反論する者はいない。


スティーブは目を閉じ、少しだけ間を置いてから続けた。


「考え得る可能性はすべてシミュレーション済みだ。

自動誘導も試した。

しかし、やはりあの小惑星――形状が歪で、予測誤差が残る。

自動化しても、最後の瞬間には、微修正が必要になる。

極限の状態で、瞬時に角度と速度を調整できる“頭脳”、すなわち僕が必要なんだ。

それは理論と数値だけでなく、現場での判断力、反射、そして冷静さだ」


彼の言葉に、賢人は思わず顔を強ばらせた。

スティーブの能力は否定しようがない。

だが、その口調の奥にあるものは、ただの自負を越えていた――そこには、任務を成功へ導くことへの執着と、あわせて自分がその重責を背負う覚悟があった。


スティーブは、テーブル越しに視線を走らせた。


「補助として数人に同行してもらいたい。

観測、通信、最後の瞬間の機器操作は任せたいんだ。

しかし、同行者には条件がある。

僕の思考を邪魔しないことだ。


感情的な動揺や不意の言葉かけは、判断に致命的なノイズを入れる。

冷静で、かつ迅速に動ける者だ」


その要請は率直で、さらに重かった。

誰が「邪魔をしない」か――それは単なる技術力の問題ではなく、精神的な相性、そして覚悟の深さを問うている。


スティーブは一度ゆっくりと息をつくと、テーブルに肘をつき、ほとんど囁くように言葉を続けた。


「もう一つだけ、条件を付けさせてくれ。

同行者は――移住者で、過去の地球から来た者でなければならない。」


部屋の空気が一瞬止まった。誰もが耳をそばだてる。

西野が軽く眉を寄せて問い返す。


「その理由は?」


スティーブは目を閉じてからゆっくりと目を開け、淡々と答えた。


「理由は単純だが、残酷だ」スティーブは続けた。

「もし小惑星が破壊され、地球の運命が“書き換え”られたとき、ここにある“エリオス”という存在そのものが消えることになる。

エリオスで生まれ育った者たちも、そのとき‘なかったこと’ になるんだ。」


テーブルの端で、誰かがかすかな息を漏らした。スティーブはそれを遮るように言葉を重ねる。


「だが問題は、いつそれが起きるかが分からないことだ。

小惑星が粉々になった瞬間に未来が書き換わるのか、それともある種の因果の“収束”が起こる時間差があって、破壊の前にエリオスが消えるのか――その順序は理論上、完全には特定できない。

つまり、成功の瞬間に僕がそこに在り続ける保証はない。

だから、作戦を確実に進めるためには、過去に生きていたものが、そこにいる必要があるんだ」


その説明は、技術的合理性をもって会議室に落ちた。

エリオス生まれの者たちの顔が曇る。

逆に、地球出身の者たちの胸中には、複雑な感情が渦巻いた。


西野がゆっくりと肩を落とし、言葉をつないだ。

「きびしい条件だ。

しかし、スティーブの言う不確実性は無視できない。

我々は可能な限り成功確率を高めるしかない」


沈黙の中、賢人や聡太ら地球出身の者たちの目が互いに合った。

彼らの中には躊躇もあれば、引き受けようという覚悟も見えた。

会議室には、言葉にはできないが確かな合意が形成されつつあった。


壁時計の針が、無言の決意を刻むように進んでいった。


「……僕が行きます」

思いがけない声が響いた。聡太の口だった。

小柄だが瞳は揺らがない。

彼の顔に浮かぶ表情は、以前のような軽口を言う影を完全に消していた。


「お前がか?」ジャックが低く唸るように言う。

だが、その声には非難よりも驚きと、どこか安堵が混じっていた。


聡太は頷く。短い、しかし確かな頷きだ。


続けて、賢人も重い口を開いた。

「俺も、行く。補助で、だ」


賢人の言葉に、会議室の空気が少し柔らかくなった。彼は続ける。


「スティーブの邪魔をしない。冷静にデータを出す。

必要なら、操縦も手伝う。だが最後に決断するのは――スティーブだ」


「僕も行く」ティムが最後に手を挙げた。

「スティーブの扱いは、僕が一番知っているからね」


西野は顔を伏せ、深く息をついた。

全員の表情が、決意へと収束していく。


「わかった」西野が言った。

「今から準備し、身体と心を休めろ。明日、正式に機材とスケジュールを確定する」


部屋を出る者、座って黙り込む者。

だが、誰の足取りも昨日とは違っていた。

覚悟が固まった者の足取りには、どこか静かな強さが宿っている。


夜はさらに深まり、会議室を出た廊下の先で、小さな灯りが一つまた一つと消えていった。

外の風は冷たく、星は遠い。

だが、その暗闇の中で、いくつかの小さな決意の灯が揺れ動いていた。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

気に入っていただけましたら、評価&ブックマークをお願いします。

執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ