06 試された絆、交わされた誓
水圧負荷訓練は、一日に何度も行えるものではなかった。
身体と脳にかかる負担があまりにも大きく、一度の訓練を終えるごとに、半日は休息と観察に充てなければならない。
だからこそ、空いた時間をどう使うかで、各人の姿勢は大きく分かれた。
ジャックはそのすべてを筋トレとランニングに費やしていた。
汗だくになってトレッドミルを走り、息が切れても腕立て伏せをやめようとしない。
「俺がやらなきゃ、誰がやる……」
低くつぶやき、己を奮い立たせるその姿は、執念そのものだった。
一方、聡太はまるで対照的だった。
賢人と軽口を言い合いながら笑い合い、食堂では研究員たちに混じって楽しげに談笑している。
「昨日のカレー、ちょっと薄くなかったっすか?」
「お前なぁ、文句言うと明日から飯抜きにされるぞ」
そんな冗談を飛ばしては場を和ませる。
訓練らしい訓練をしている姿は見当たらない。
だが、それでも彼は負荷訓練で700m目前まで耐えられるようになっていた。
閉所恐怖症で数分しか持たなかった賢人からすれば、信じがたい進歩だった。
その事実に、ついにジャックが噛み付いた。
「……ふざけてんのか、てめぇ!」
鼻歌まじりに訓練室に向かう聡太に、ジャックが掴みかかる。
「そんな態度で、本当に地球を守る気があるのか!」
聡太は驚き、賢人が慌てて間に入ろうとするが、それより早くオリバーが動いた。
がっしりとジャックの肩を掴み、後ろへ引き離す。
「落ち着け、ジャック!」
「離せよ!」
「いいから聞け」
オリバーの低い声に、場が一瞬静まり返った。
彼は真っ直ぐジャックを見据える。
「悔しい気持ちはわかる。世の中、不公平だ。
どんなに努力しても、報われないことはある。
……俺だって、戦場で嫌というほど見てきた」
ジャックの拳が震える。オリバーは続けた。
「だがな、それでも俺たちにはお前が必要なんだ。
極限の状況で冷静に判断できるのは、俺たち――戦争を経験した人間にしかできないことだ」
その言葉に、ジャックの肩から少しだけ力が抜けた。
オリバーはゆっくり言葉を重ねる。
「俺は、お前がいてくれれば安心して海に潜れる。
……だから、このまま後方支援で残ってくれ。無駄なことなんて一つもないんだ」
ジャックは唇を噛みしめ、目を伏せた。
彼の耳には、仲間のために、そして地球のためにという言葉だけが重く響いていた。
ジャックは何も言わなかった。
ただ一歩近づき、聡太の肩をポンと軽く叩くと、無言のまま背を向けて歩き去った。
残された聡太は呆然と立ち尽くす。
「……え?」
あまりにも唐突で、反応すらできなかった。
その日の訓練も、予定通り順調に終わった。
だが聡太の胸の奥には、重たい何かが沈殿していた。
自室に戻り、ベッドに腰を下ろすと、ようやく頭の中が動き始める。
――調子に乗っていた。
軽口を叩いて場を和ませているつもりだった。
だが、それは同時に、命を懸けて挑もうとしている仲間に対して無神経だったのではないか。
ここでの訓練は、ただのゲームや遊びではない。
自分の一つの失敗が、仲間を、そしてエリオスに移住してきた1億もの人々を危険に晒すことになる。
その現実が、今さらながら聡太の胸を強く締め付けた。
夜遅く、トレーニングルームに足を運ぶと、そこにはまだジャックがいた。
汗に濡れたシャツが体に張り付き、ストイックに器具を動かし続けている。
聡太はしばらく黙って立ち尽くした後、意を決して声をかけた。
「……ジャック」
手を止めたジャックが、訝しげに振り向く。
聡太は真剣な眼差しで言葉を続けた。
「今までの俺の態度、酷かったと思う。ごめん。
……本当に、分かってなかった。これが、どれだけ重大なことなのか」
ジャックは黙って聡太を見つめる。
視線に射抜かれるような感覚に、聡太は背筋を伸ばし、声を強めた。
「改めるよ。ふざけたりせずに、ちゃんとやる。
……一緒に、この目的を果たそう」
短い沈黙の後、ジャックは鼻で笑った。
「言うじゃねぇか」
そして、再び器具に手をかける。
「なら――証明してみせろ。言葉じゃなく、行動でな」
その声は厳しかったが、どこか以前より柔らかさが混じっていた。
聡太は深くうなずいた。
「もちろんだ」
それからの夜、二人は言葉少なに、それぞれの汗を流し続けた。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回で5章が完結となります。続く6章も同時間で連載していきますので、引き続きご愛顧ください。




